Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

中国製造業の「垂直分裂」

クーリエ・ジャポン』6月号に掲載された山形浩生さんの記事で、Economist誌の中国系自動車メーカーについての記事が紹介されていた。まあ一連のコピー製品を揶揄するような内容なんだが、それにしてもいくらコピーしているからといってどうしてそんなに安い(オリジナルの半額くらい)製品を作れるのか、謎だ、とEconomistも山形さんも首をひねっており、Economistのことだからそのうち何かもっともらしい分析結果を出すかもしれない、という言葉で締めくくられていた。


 しかし、わざわざEconomistが謎を解いてくれるのを待つ必要はない!中国産業研究の分野ではたぶん世界のトップランナーである、丸川知雄さんの新著を読めばその答えが(あらかた)わかるからである。

 本書において、中国企業のコストダウンの謎を解き明かす一つのキーワードになっているのが「垂直分裂」だ。これは「垂直統合」の反対のような動きで、それまで一社の中で統合されていたはずの生産工程が分裂して別会社が生産するようになるイメージである。典型的な例はテレビだろう。最近では日本でも例えば液晶パネルの生産部門を本社から切り離すようなケースも出てきているが、以前のブラウン管型テレビの場合、テレビメーカーがブラウン管の生産も統合して行い他社との差別化をはかるのが常識であった。しかし、1980年代になってようやくカラーテレビの生産が始まった中国では、大規模な初期投資の必要なブラウン管メーカーが国家プロジェクトとして設立されたという経緯もあって、初めからテレビ本体のメーカーとブラウン管のメーカーが別々に生産を行っていた。そして、いくつもの有力メーカーが登場した今でも、メーカーがブラウン管の生産を外注するという構造はそのまま続いているのである。


 このような基幹部品の外注の最大のメリットは、複数の部品メーカー同士を互いに競わせることで調達コストが引き下げられる点、および基幹部品メーカーの側でも規模の経済性が働く点、にある。しかし、驚くのはこれからだ。長虹、康佳、TCLといった中国の大手メーカーは、もちろんさまざまな機種のブラウン管テレビを生産しているが、その多くは全く同じ機種であっても異なる複数のメーカーのブラウン管を使用しているのだという。分かりやすくいえば、たとえ同じメーカーの同じ機種のテレビであっても、買った人によってソニーのブラウン管が使用されていたり、松下のブラウン管が使用されているというわけだ。当然、画面の映りは使われているブラウン管によって違ってくる。


 通常このようなことはまず、技術的に不可能なはずだ。カラーテレビの場合、ブラウン管の特性に合わせてテレビ本体の回路を調整するすりあわせの技術が必要であり、特定のブラウン管向けに設計されたテレビ本体に他社のブラウン管を持ってきてくっつけるだけでは、うまく映るはずがないからだ。しかし、中国のテレビメーカーは、同じ機種であっても異なったメーカーのブラウン管に対応できるよう回路を調整したものをあらかじめ複数用意しておくことによって、いろんなメーカのものを併用できるように「工夫」しているのだという。

梶ピエールの備忘録:島耕作もびっくり!なぜ中国企業が作るものはこんなに安いのか

これらを前提とすれば、垂直分裂がコスト削減において多大なる威力を発揮しているというのは、先進国において垂直統合が進んでいるという誤解に基づく議論ではないかとの疑いが生じます。


その点に注目するのであれば、むしろ、製品管理費の差に原因を求めるべきではないでしょうか。製品の質のばらつきを一定範囲に収めるため、原材料から工程、さらには検品・(規格外品の)廃棄にいたるまでの管理コストが必要とされるわけですが、その許容範囲が広ければ、当然ながらコストは下がります。その許容範囲が極めて広いため、中国製品は管理コストが安いのではないでしょうか。垂直分裂が中国において他国よりも甚だしく観察されるとしても、それはそうした許容範囲の広さの結果として普及したのであって、垂直分裂だから、というのは因果関係が逆ではないかと。

http://bewaad.com/2007/05/31/138/

僕も丸川氏の著書やThe Economistの記事はまだ読んでないのですが、この梶ピエールさん(id:kaikaji)とbewaadさんの議論を見て、以前読んだ中国産自動車の品質についての記事を思い出しました。

上海モーターショーで取材をしていたCSMワールドワイドのアナリストからの一報に驚いた。ある日系電装部品サプライヤーが、中国の地場自動車メーカーが開発して生産した自動車を「ティアダウン」した時のことだ。通常、ワイヤーハーネスはコネクターと呼ばれる部品で接続されているが、この車の場合は、コネクターの代わりにテープで巻きつけてあるだけの代物だったという。


 ティアダウンというのは、自動車メーカーやサプライヤーが特定の車を部品単位までバラバラに分解して、強みや弱みを発見したり、機能や品質を分析したりすることを言う。例えば、2つの部品を別々に作るのではなく、一体化してコストを削減したり、部品の重量や材料の見直しによって車体重量やコストを削減したりする。つまり、最小コストで提供する価値を最大化するのが狙いだ。


コストダウンの意図は伝わってくるが


 誤解なきよう断っておくが、この車は試作車ではなく、市場で走っているれっきとした市販車である。過去数年間にわたり、低価格領域で爆発的に売れた小型自動車だった。この自動車メーカーは世界に打って出ようという野望を持つが、過去には車のデザインを模倣したとして、競合メーカーから提訴されたこともある。


 コネクターの代わりにテープを巻き付けているところから、徹底的にムダを削ぎ落とし、コストダウンを図ろうとする意思は伝わってくる。しかし、その一方で一種の危うさを感じずにはいられない。もちろんブランド力がない中、価格で勝負を挑むのは致し方のないことだろう。それに、このモデルは4年以上前に開発されたもので、現在では、技術開発能力は向上しているに違いない。とはいえ、テープを巻き付けているというのは、さすがに感心しない。


 これはほんの一例だが、その他にも、中国の自動車メーカーの開発車種からは、安全、品質を度外視した部品が数多く見受けられるようだ。確かに最近の中国自動車メーカーの外装や内装デザインは、一部、模倣したものを除けば、洗練されてきた感がある。しかし方法論を誤ると、手痛いしっぺ返しが待っている。自動車メーカーの経営は短距離競走ではなく、長期戦だ。いくら野望を抱いていても、安全や品質を軽視していては、世界の民は認めない。

テープで部品を接続? 中国自動車メーカーの勢いと危うさ:日経ビジネスオンライン

この記事のようなことが中国の工業製品で広く行われているとすると、「製品の質のばらつき許容範囲が極めて広いため、中国製品は管理コストが安い」というbewaadさんの説の方が妥当ではないかと思います。


ただ、中国で「垂直分裂」が広く観察される理由については、もう一つあると思います。それはメインテナンスの問題です。
「製品の質のばらつき許容範囲が極めて広い」のであれば、そのような製品は市場に出てからの故障率が高くなるでしょう。そうなると、メーカーは修理やサポートに多額のコストをつぎ込まなければなりません。
そのような中国のサポート事情については、この記事が参考になると思います。

 このように、ソフトウェア開発や資格取得を目的とした学校が中国の各地にある。「でもそれって日本でも似たようなものだよね」と思うあなた。中国のIT教育事情はもっと深い。この国には“PCのハードウェアを勉強する”学校が中国各地に存在する。PCのハードウェアといってもPCの自作に関する知識を勉強するために高い学費を払うわけではない。彼らは“PCの修理屋”を目指しているのだ。


 PCのハードウェアを勉強してどこで働くのか。すべての卒業生がPCメーカーの修理部門で働けるほどサポートセンターが中国各地にあるわけではない。もっとも、システム部門を用意できる体力を持ったPCメーカーがそれほどない。


 彼らはPCメーカーに就職するのではなく修理屋として起業するのである。中国の電脳街には、PC本体はもとより、ディスプレイからシリコンオーディオプレーヤーまで何でも直す(とアピールしている)修理専門店がある。また、中古PCショップもそのほとんどが修理屋を兼ねている。電脳街を歩いてみれば、そこらじゅうに修理屋があることに気づくだろう。


 中古PCショップでは、PC本体やパーツの買い取りと販売を行う傍ら、客からPCの修理を依頼されれば、問題のあるパーツを店内にある安価な中古パーツと交換して対応する。ときにははんだごてを使ってコンデンサなどの電子部品を取り替えることもある。


 PCの修理屋が個人でも営めるのは、修理を依頼されるPCが自作のデスクトップPCばかりというのが一因としてある。中国ではノートPC所有者がデスクトップPCに比べてまだまだ少なく、そのノートPCも多くがベアボーンであるため、個人のPC修理屋でも対応できるのだ。もっとも、ある程度の規模をもつ修理専門店では、デスクトップPCはもちろん、ノートPCの修理や、デジカメ、プリンタ、シリコンオーディオプレーヤーなど、ありとあらゆるデジタル機器の修理に応じてくれる。店内にはノートPC用の液晶パネルをはじめとする部材がストックされていたりする。


 このような、“独立系”修理屋が中国全土に数多くあるにも関わらず、PCメーカーや周辺機器メーカーのサポートセンターも大都市なら必ずある。ユーザーはPCメーカーのサポートセンターに修理を依頼するか修理屋に依頼するかを選択できるわけで、PCメーカーとしては、コストと手間がかかるサポートは修理屋に任せたいところでもあるが、サポートセンターの数が充分でないなどサポート面で力を入れないメーカーはインターネットでユーザーに非難されることになる。中国の消費者はサポート面に力を入れないメーカーには厳しい。

山谷剛史のアジアン・アイティー:「いかにも中国! 」なIT教育事情 (2/2) - ITmedia PC USER

このような「修理屋」の存在やサポートを重要視する消費者の姿勢は、PCのみならず工業製品全体に言えるのではないかと思います。そしてこのことは、中国製品の故障の多さをも反映していると思います。
国中に張り巡らされた修理屋やサポートセンターに修理に必要な部品を供給することは、コストも手間もかかることでしょう。そのようなサポート環境では、部品を共通化・モジュール化することは、コスト削減に大きな効果を発揮すると思われます。また独立系の修理屋が扱えるような製品設計を心がけることも、部品の共通化・モジュール化を進めるでしょう。


経済発展する前の中国は工業製品の品質も低く、それを使っていくためには修理しやすいことが重要であったと考えられます。また、広大な中国の国土では、部品の流通も簡単ではなかったでしょう。
そのような市場状況から発展してきた中国の製造業が、修理のしやすさや部品の入手しやすさを重視した製品開発を行うことは、十分納得できることだと思います。「垂直分裂」もそのような市場状況に中国企業が適応した結果、生まれたものではないでしょうか?