Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

不思議の国の金融政策

12/13の記事「中国の金融引き締めについて思うこと - Baatarismの溜息通信」で、中国では中央政府の政策が地方の「対策」によって無効化されてしまうが、金融政策ならば有効ではないかという話をしました。
しかし先日、中国ウォッチサイトである「日々是チナヲチ。」に、金融政策ですら地方の「対策」によって無効化されてしまう話が出てました。

 ざっくりした言い方をすれば、中国経済は改革開放政策が本格化して以来、5年前後の周期で成長路線を突っ走っては経済過熱が発生してそれを引き締め政策で押さえ込む、といったことが行われてきました。「放」(経済再加速)と「収」(経済引き締め)の繰り返しです。


 いまの段階は「収」に転じたところでしょう。難しい言葉はわかりませんが、おカネが市中に出回り過ぎて株や不動産への投機などが流行していて、それが過熱して変な展開になると政権基盤すら揺るがしかねないので、中央は今年に入ってから利上げを何度か行ってきました。それでもカネ余り対策としての効果があまりみられないので、今度はさらに銀行融資にも厳しい規制を加えることになっているようです。

●不動産投資も加速 1−11月32%増加 中国国家統計局(FujiSankei Business i. 2007/12/15)
 http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200712150027a.nwc


 中国国家統計局が14日発表した今年1〜11月の都市部固定資産投資統計によると、不動産開発投資は2兆1632億元(約33兆円)となり、前年同期比31.8%増加した。増加率は1〜10月の同31.4%を上回った。


 中国政府は、景気過熱とインフレを抑制する「2つの防止」を当面の最優先課題に設定。勢いが止まらない不動産ブームを受けて、融資の総量規制の徹底、金融の一段の引き締めに乗り出す方針だ。


 1〜11月の固定資産投資は、全体では10兆605億元(約153兆7200億円)で同26.8%の増加した。このうち中央政府管轄のプロジェクト(金額ベース)は同12.8%の伸びにとどまったが、地方政府分は同28.6%の高い伸びを記録した。(北京/時事)


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 ●最悪の展開に近づきつつある中国経済サーチナ 2007/12/27/16:53)
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2007&d=1227&f=column_1227_004.shtml


  12月25日付けのフジサンケイビジネスアイは、中国金融当局が、金融引き締め策として厳しい融資規制を実施した結果、資金繰りなどに支障が生じる日系企業が相次いでいると報じています。記事は、日本貿易振興機構ジェトロ)広州事務所への取材をもとにしているようで、資金調達面で影響を受けた日系メーカーは広州で2〜3割に達したとしています。


  中国政府は、10月16日に開かれた共産党大会の金融代表団会合で、商業銀行に対する融資の窓口指導を拡大する方針を示しています。窓口指導とは、金融当局が市中の金融機関に融資金額を指導するものです。中国の場合、不動産や鉄鋼などで設備投資の過熱感が高まっているため、窓口規制では、不動産などの投資過熱業種を中心に企業への融資規制を強化しています。


  ところがフジサンケイビジネスアイの記事によると、融資規制の対象は、不動産など投資過熱業種への投資目的の融資にとどまらず、一般の資金調達のため融資や日常的な手形割引への融資も引き締めているようです。このため、日系企業の中には、製品の納入先から代金支払いの手形を受け取れないといった事態に直面するところもあるようです。


  各種報道によると、中国の中央銀行である中国人民銀行は、年末の人民元貸出残高が10月末の残高を超過してはならない、という指導を商業銀行にしているようです。おそらく商業銀行としては、不動産など投資過熱業種への融資を抑制するだけでは、年末の貸出残高を10月末の水準に抑えることができないため、業種を問わず様々な融資を抑制していると思われます。


  支払い代金の手形すら受け取れないくらい金融が逼迫しているのであれば、中国の金融引き締め策は、それなりに強い効果を持つもののように思えます。しかし、11月の消費者物価が前年比プラス6.9%と11年ぶりの高い伸びを示し、上海総合株式指数が、依然として5200台を維持するなど、マクロ指標を見る限り、中国政府による金融引き締めが効果的に実施されているとはいえません。(後略)


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 ●中国、住宅ローンが急増・1−11月12兆円増、不良債権化の恐れも(NIKKEI NET 2007/12/28/07:02)
 http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20071228AT2M2702027122007.html


 中国の商業銀行による個人向けの住宅ローンが急増している。今年1―11月の増加額は約8000億元(約12兆円)と、すでに昨年1年間の4倍に達したもようだ。中国では昨年から不動産市場が過熱気味で、投機目的を含めた住宅購入がブームになっている。中国政府は金融引き締めを強化しており、住宅価格が急落すれば多額の不良債権が発生する恐れもある。


 中国紙「21世紀経済報道」によると、民間の主要9行による個人向け融資残高は1―11月に2628億元増えた。国有銀行の増加額は明らかになっていないが、市場では「5000億元程度」との見方が大勢。両者を合わせた増加額は8000億元近くに達したとみられる。2006年全体(約2000億元)に比べほぼ4倍の規模だ。



 昔は経済引き締めといえば一刀両断型で政治的引き締めも行われ、全ての空気をガラリと入れ替える乱暴なものでした。経済面では金融引き締めと同時に行政や党のルートで政治的に力づくで経済をねじ伏せる形がとられたものです。その過程で責任者が失脚したり干されたりすることもありました。要するにハードランディング。


 しかし今回は基本的に金融引き締めメインで事態を乗り切ろうとしているようです。果たしてそれは奏功するのか?と問われれば、


「それは無理」(ジョン・カビラ調)


 と答えるほかありません。現在の経済運営のシステムは以前よりずっと成熟している筈ですが、利率をいじくっても抜け道はいくらでもあるでしょうし、融資規制も各地の「諸侯」が従ってくれるかどうか次第。


 中央の威光の及ぶ範囲、例えば「雇われトップ」を送り込んである直轄市とか経済特区、それに省当局の置かれている省都とかなどでは胡錦涛政権の顔を立てて中央の政策に従ってくれるかも知れません。実際に企業の資金繰りの悪化など引き締め政策の影響が報じられているのも、こうした中央が直接手を突っ込むことのできる行政レベルの地方当局です。いわば「大諸侯」。ところがその下の「市」や、豪華庁舎を平気で建てたりする「県」や「鎮」といった「中諸侯」「小諸侯」はどうでしょう?


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 私が何よりも懸念しているのは、北京を頂点とする各銀行のピラミッド型指揮系統が末端まで機能しているのか、ということです。


 地元当局に取り込まれたのか癒着したのか、ともかく銀行の地方支店が北京よりも地元当局の言いなりになるケースは以前から一般的です。上の記事にもあるように、


 ●1〜11月の固定資産投資は、全体では前年同期比26.8%の増加した。このうち中央政府管轄のプロジェクトは同12.8%の伸びにとどまったが、地方政府分は同28.6%の高い伸びを記録した。


 という部分でそれを垣間みることができます。……というよりそのものズバリの記事も。


 ●地方政府の固定資産投資熱に要注意(新華網 2007/12/25/15:16)
 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2007-12/25/content_7310350.htm


 正にピンポイント(笑)、「いまだに成長率信仰を捨てていない地方幹部がいる」のだそうです。中央の苛立ちが感じられます。


 第11次五カ年計画の初年度だった昨年(2006年)などは、1年の3分の1が経過した4月末時点で早くも銀行の融資年間枠の6割以上を消化してしまっています。むろんこれは中央の望んだものではありません。


 固定資産投資であれ銀行融資であれ、いずれも今年(2007年)の大幅な伸びは急膨張を遂げた昨年を基数としたものです。銀行をも取り込んだ「割拠」は今回も中央のマクロコントロールを十分に機能させないことでしょう。かといって胡錦涛に力づくで「諸侯」をねじ伏せる力量はありません。

怪走する中国経済、走れば走るほど「割拠」。・下 - 日々是チナヲチ。



ただ、政府や中央銀行の打ち出す規制策が地方の「対策」で無効になってしまうのは分かるのですが、金融引き締めは銀行の資金調達コストを上げることで融資を抑えようという政策ですから、先進国の常識で考えれば、銀行は自らの収益悪化を避けるために自発的に融資を抑えるはずです。
しかし、中国の地方部で銀行がそのような行動を取らないとすれば、資金調達コスト上昇よりも重大な要因が銀行を動かしていることになります。


この要因について、僕は銀行にとって資金調達コストアップによる損失よりも、地方の「諸侯」との関係から得られる利益の方が大きいか、「諸侯」との関係を断ち切る事による損害の方が大きいと考えました。ただ、このようなことが大多数の地方で成り立つかどうかは、ちょっと疑問もあります。
一方、先の記事のコメント欄では、町方同心さんという方から「貸出の量を絞れば、その分、収益率の高いバブル分野に資金が集まっていくのは自然な流れ」という意見がありました。これは経済学的な発想に基づいたものであり、僕としても納得できる意見です。
また、「日々是チナヲチ。」のブログ主の御家人さんからは、コメント欄で

 ちなみに「割拠」の過程で銀行や司法や武警などを取り込む、というのはその組織全体を納得させなくても、組織のコアになる人物を籠絡すれば済むことなので、例えば銀行という組織自体の利害だけをみて考えていると「ありえねー」展開に出くわしたりします。まあ人治の国ですから私たちにとっての非常識も平然と通用してしまうのではないかと。

という意見を頂きました。これは先進国の基準で考えれば背任罪や贈収賄罪になりかねないのでしょうが、汚職が蔓延している中国ではよくあることなのでしょう。


これらの記事やコメントを読んだり、自分であれこれ考えていて感じたのですが、先進国の経済常識を機械的に中国に当てはめると間違ってしまうのでしょう。その常識の元にある論理や前提条件に立ち返って、そこから中国の現状に基づいた分析をしていかないといけないんでしょうね。個人的には、経済や政治の様々な主体のインセンティブを一つ一つ確認していくようなアプローチが有効だと思いました。


中国が市場経済でも計画経済でもない、「人治」の国であるということは、マクロ経済にも深い影響を及ぼしているのでしょうね。