Baatarismの溜息通信

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書評:中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす(遠藤 誉 著)

中国動漫新人類 (NB online books)

中国動漫新人類 (NB online books)

僕は元々、この本の元となった日経BP Onlineの連載記事を愛読していたので、この本はその連載内容をまとめたものなのだなあと思っていたのですが、その予想は良い意味で裏切られました。


日経BP Onlineの連載記事
中国"動漫"新人類:日経ビジネスオンライン


1980年代に中国の「改革開放」政策が始まったとき、「鉄腕アトム」が中国のテレビで報道され、中国中の子供達が共産党の教育とは全く違う世界に熱狂しました。その後、日本の漫画やアニメ(中国ではこれを「日本動漫」と呼びます)は中国を席巻しましたが、その原動力となったのは日本からの正規の輸出ではなく、著作権を無視した海賊版でした。著作権料を払う必要のない海賊版は価格が安く、市場の要求に迅速に応えた作品を販売できたので、子供は自分の意志で自由に好きな作品を読むことが出来、そのことが中国の若者に精神的な自由をもたらす結果となりました。
当時、中国政府はメッセージ性の強い欧米のカウンターカルチャー流入は警戒していましたが、日本動漫にはメッセージ性がないと判断して野放しにしていたため、この精神的な自由の広がりに気づいたときには、共産党の支配を脅かさない範囲においてはそれを容認するしかありませんでした。
日本動漫の普及に気づいた後、中国政府は日本アニメの放送を制限したり、中国産のアニメや漫画の振興を図ったりしていますが、精神的な自由を制限せざるを得ない中国では日本動漫に匹敵する作品を生み出すことはなかなかできず、社会に様々な軋轢を生んでいます。


と、ここまでの内容なら日経BP Onlineの連載記事にもあった話なのですが、この本がすごいのはここからです。


著者は中国の若者にある日本動漫への好感と、「反日デモ」に代表されるような反日感情との矛盾に切り込んでいきます。彼ら若者はこの両者を切り離して考えることで両立させてはいますが、やはり時にその矛盾に悩んでもいるようです。「日本動漫」がもたらした精神的な自由がその背景にあるのですが、実は反日感情ですら政府が上から押しつけたものばかりではなく、民衆が下から盛り上げたムーブメントという側面もあり、政府もその対応には苦慮しているようです。
そしてその反日感情の淵源を探った著者は、江沢民政権が中国共産党の「抗日戦争」を「反ファシズム戦争」の一環として取り上げ、アメリカや台湾の国民党の融和を打ち出したことと(その裏には台湾との平和統一を目指す意図もあります)、それに呼応したアメリカ国内の華僑華人社会の動きを指摘しています。
この在米華僑華人社会は必ずしも親共産党ではなく、中には共産党の迫害を逃れた人やその子孫も多いのですが、大陸と台湾との平和統一という一点で共産党と結びつきました。そしてその過程で「抗日戦争」や日本の中国侵略について学んだ結果、「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」の問題について積極的な運動をするようになったようです。
昨年の米下院の慰安婦問題決議についても、主導したのはこの在米華僑華人社会であり、日本で言われているような中国政府による工作ではありませんでした。この著者は在米華僑華人社会の運動の中心人物とパイプがあるようで、本人が直接聞いた情報としてこれを書いています。思い出してみれば、当時中国政府は必ずしも慰安婦問題決議には積極的ではなく、事態を傍観していたように思います。僕はこの中国政府の態度には中国国内の政治対立が反映しているのかと思っていたのですが、そういうことではなかったようです。
2005年の「反日デモ」においても、このアメリカ発の日本の常任理事国反対運動が中国国内に伝わって、中国政府やアメリカの反対運動も予想しなかった結果になったようです。中国政府にとっても、この運動は下手をすれば共産党支配すら脅かされかねない、一大事態でした。
このように今や在米華僑華人社会発の反日運動は、中国政府すらそれに動かされる、日中関係の波乱要因となっているようです。在米華僑華人社会と中国政府の関係は、常に緊張を孕んでいるものなのでしょう。


このように中国における「日本動漫」の普及から始まった話は、本の後半では「反日運動」の本質をえぐり出し、これまでにない日中関係論として評価できる内容になっていると思います。
この本は日中関係に関心のある全ての人が読むべきでしょう。本のタイトルだけ見て「アニメや漫画の話か」と無視してしまうには、もったいなさ過ぎる内容です。


個人的には、この本は日本政界有数の漫画通で、「慰安婦問題決議」でも外務大臣として苦労した、麻生太郎氏にまず読んで欲しいと思います。きっと得ることがあるはずです。


最後に著者の遠藤誉氏には、この本を読んで欲しいと思います。実は日本の漫画やアニメは、日本国内においても、子供が自分の意志で自由に好きに読んだり見たりできるメディアとして発展したのですが、この本はそのことを見事に明らかにしています。このような出自を持つ日本動漫だからこそ、中国を席巻し、遠藤氏が指摘するような影響を中国に与えることができたのでしょうね。
日本型ヒーローが世界を救う!

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3/26追加

極東ブログでもこの本が取り上げられてました。


[書評]中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす(遠藤誉): 極東ブログ



この書評では、本書に欠けている近代以前の中国史からの視点が入っていて、勉強になりますね。