Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

未知のウィルス?

 昨年の大阪世界陸上女子一万メートル代表の絹川愛(ミズノ)が、今月末に行われる日本選手権を欠場する可能性が高いことが5日、明らかになった。

 原因不明の感染症が完治しなかったため。同選手権は北京五輪代表選考会を兼ねており、絹川の五輪出場は厳しくなった。

 指導する渡辺高夫監督によると、絹川は昨年12月から今年2月にかけ、右と左の骨盤を疲労骨折。その後、左ひざに痛みが出た。通常の治療で治癒せず、痛みの部位が次々転移したため、4月に放射性同位元素診療と特別な血液検査を実施。通常の血液検査で正常値だった血液に異常が見つかり、ウイルス感染と診断された。

 担当医の松元司医師は、「未知のウイルス感染で赤血球と白血球が変形していた。国内では報告のない症例。中国の昆明合宿での感染が疑われる」として、昨年3月の昆明合宿中に感染、潜伏期間を経て発症した疑いを指摘する。7月に英国で開かれる学会で、症例の発表を予定しているという。

http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2008/news/track/long/news/20080606-OYT1T00001.htm



感染が疑われる場所が中国と言うことで、この件ではネットでも中国の危険性に対する批判が多いのですが、それに対して「未知のウィルス感染症」と言う報道は医学的な見地から見ておかしいのではないかという意見が、「レジデント初期研修用資料」さんから出ています。

未知のウィルス感染症報道


陸上長距離・絹川、五輪出場厳しく…謎の感染症完治せず なんて報道があって、朝の医局でちょっと話題になった。

だいたい半年ぐらい続いている、全身を移動する痛みが主症状で、放射線同位元素を使った検査で骨折が見つかって、「特別な血液検査」を行ったところが、赤血球と白血球とが変形していて、「未知の感染症が疑われる」なんて報道。通常の血液検査は、全て正常所見だったらしい。

「中国で発生した未知のウィルス感染症が国内に入って、もう半年近くも治癒しないままそのままになっている」

感染症やってる人達からすれば大問題で、それが本当ならば、それこそ選手生命がどうこうの話以前に、まずはその人を隔離する騒ぎにならないとおかしい。


「未知」は診断できない


病院で出せる検査と、外注で出せる検査を利用する限りにおいては、「未知」であって、「一人しか発症していない」ウィルス感染症を診断することはできない。

そもそもそれがウィルスによって発生した症状かどうかを判定する方法はないし、仮に血液から「未知のウィルス」らしきものが見つかったところで、今度は「そのウィルスが症状を作り出している」ことを証明するのが、たぶん容易じゃない。

それが「ウィルス」であって「感染症である」ことを疑うときは、同じ症状が集団発生していて、しかもその患者さんから病原体が同定されないとか、少なくとも細菌感染が証明されないことを前提にしないと、まず「ウィルスの検索」が始まらない。

スポーツ選手一人に発症した特殊な症状を前にして、最初からウィルス感染症を疑うという考えかた自体、たぶん伝統的な西洋医学の文脈からはありえない。


治療に当たっているクリニック


はてな匿名ダイアリーリンクが張られていた。

整形外科からリウマチ治療に興味を持って、今は何だか赤血球にすごいこだわりを持って治療に当たっておられる人。

伝統的な西洋医療に対しては、だいぶ否定的な立ち位置を取っていて、「炎症と赤血球との関係」だとか、「培養白血球療法でリウマチを治す」とか、やっぱり西洋医学の立ち位置とは、ずいぶん異なった考えかた。

赤血球と白血球とが変形する未知のウィルス」というのも、たぶんこの先生が独自に行っている検査で「赤血球の変形」が証明されて、その変形が見られたから、「ウィルスの感染症である」と断じられている印象。

この先生はちゃんと医師免許を持っている人だけれど、今回の診断だとか、治療だとかは、必ずしも西洋医学の文脈で語られてるわけではないと思うし、新聞は、そのあたりはもっと強調すべきだと思う。


反対側の人にも取材してほしい


読売新聞だから、せめて裏ぐらい取ってると信じたいけれど、新聞が「未知のウィルス」と書いたんだから、やっぱり「昔ながらの西洋医学」の立場取る人の意見も聞いて、報道するときには、両方並べてほしい。

国立感染症研究所の先生方に、「未知のウィルスが中国で発見されましたが、なんの対処もしないで大丈夫なんですか?」なんて取材して、その返事を一言載せるだけで、変な憶測吹き飛ばせる。

話を無駄に大きくしてしまう、マスコミが宿命的に持っている性質は、こういうときこそ役に立つと思う。

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/59



確かにもし本当に未知のウィルスなら、隔離を検討しなければならない状況ですよね。それに症例が一人だけで病原体が未知の場合、それが本当にウィルスによるものなのか判断するのは難しいというのも分かります。あと、この松元司医師が血液の専門ではなく、整形外科だというのも気になりますし、「伝統的な西洋医療に対しては、だいぶ否定的な立ち位置を取って」いるというのも、ひょっとしたら一般には受け入れられていない独自理論を主張している医者ではないかという疑いも出てきます。


もしこの松元司医師の説明が医学的にナンセンスとされている主張だったならば、この主張に基づいて昆明合宿を批判することは、中国や昆明に対する不当な批判となってしまいます。この件が今でも反日がくすぶっている中国のネットで紹介されたら、どうなってしまうんでしょうか。


「レジデント初期研修用資料」さんもおっしゃるとおり、マスコミもこの件については、医学の専門家に確認を取って、続報として載せて欲しいですね。

追加

こちらの「幻影随想」さんも、やはりトンデモであると結論づけておられますね。「海外の評価」として挙げられているのも、紳士録商法だとか。


幻影随想: 読売新聞のトンデモ記事が見事に爆釣な件