Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

国際関係における「真の不確実性」

先日のエントリーに対して、梶ピエールさんからトラックバックをいただきました。ありがとうございます。
ただ、その中で、僕の意見について梶ピエールさんが誤解している点が1つあるのではないかと思いました。

 そして現在、「テポドンが日本に落ちてくる脅威」がBaatarismさんも認めておられるように、合理的に考えれば非常に低い可能性しかないのであれば、この際、「BMDを棄つるの覚悟」あるいは、「防衛システムの経済的帰結」について、改めてきちんと検証してみるべきなのではないか。そのためにマスコミ各社、および日本の経済学者はもう少し知恵と予算を使ってもよいのではないか。僕が本当に言いたいことは、そういうことである。

BMDを棄つるの覚悟 - 梶ピエールの備忘録。



僕が先日のエントリーで述べたのは、「今回の」テポドン打ち上げについては、日本に落ちてくる可能性がほとんどないということです。しかし、梶ピエールさんのエントリーでは、

1'.冷静に考えれば、実際に北朝鮮が日本をミサイルで攻撃するという危険性は非常に低い。なぜならそうしたからといって北朝鮮に得るところは何もないからだ。

BMDを棄つるの覚悟 - 梶ピエールの備忘録。

と、書かれているように、今回の打ち上げに限らず、一般論として北朝鮮が日本をミサイルで攻撃するという危険性が非常に低いと述べています。


しかし、僕は、一般論として北朝鮮が日本をミサイルで攻撃するという危険性が非常に低いという意見には賛同しません。


世界中の様々な国際関係を見ても、北朝鮮を取り巻く関係は、間違いなく軍事的な緊張が最も高いものの一つでしょう。ここで軍事衝突が起こる可能性が「非常に低い」のであれば、世界中のほとんどの地域ではさらに可能性が低くなってしまいます。
しかし、実際には北朝鮮ほど軍事的緊張が高くなかったはずの地域において、国際情勢の変化によって戦火が勃発することは珍しくありません。だから、今現在、北朝鮮が日本をミサイルで攻撃するという危険性が非常に低いように思えたとしても、近い未来にどうなるかは誰にも分からないと言うことになります。
これについては確率や可能性を定量的に見積もることすら不可能だと思います。


そして、もし北朝鮮が本当に日本にミサイル攻撃を行ったら、日本の人口密集地に莫大な被害が出る可能性はほぼ100%と言って良いでしょう。なぜならその場合に日本に飛んでくるのは、数も多く信頼性も高いノドンミサイルだと考えられるからです。
「今回の」テポドン打ち上げについては、人口密集地に莫大な被害が出る可能性はほぼ0%ですから、その違いは極めて大きいと言わざるを得ません。


そのような状況を考えると、やはり何らかの方法でミサイルから日本を防衛する手段は必要だと思います。
もちろん、その手段はBMDだけではありませんが、飛んでくるミサイルを打ち落とすBMD以外の手段となると、飛んでくる前に北朝鮮のミサイル基地を破壊するとか、こちらも核ミサイルなどの大量破壊兵器保有して抑止効果を狙うといった話になってしまいます。そのような手段はBMD以上に高いコスト(特に国際上の地位の低下・悪化)を伴うでしょう。


従って、北朝鮮のミサイルから日本を防衛する手段は必要であり、BMDはそのような手段の中ではコストが小さいものである、僕はそのように考えています。


ここまで論じてきて思ったのは、国際関係は「不確実性」に満ちているということです。経済学においてはフランク・ナイトが、発生する可能性の確率分布を思い描くことが出来ない「真の不確実性」の存在を指摘しましたが、国際関係における戦争の可能性においても、そのような「真の不確実性」が存在するのだと思います。


最近、この「ナイトの不確実性」を取り上げた本として竹森俊平氏の「1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)」がありますが、その87ページにもこのような記述があります。

「真の不確実性」の例として、やや極端なものをひとつ挙げよう。現時点において、北朝鮮の核ミサイルが日本を攻撃する可能性は皆無とはいえない。しかし、その確率がどのくらいかと言われれば理論的に推測できるわけではなく、あるいは過去において現実に核ミサイル攻撃をした国もないので、データに基づく統計的な推測もできない。したがって、これは確率分布をまったく思い描くことのできない「真の不確実性」である。



このような「真の不確実性」に備えるためのコストは、経済学的思考を適用すると一見割に合わないように見えますが、その問題が「真の不確実性」であることを理解すれば合理的と考えられるでしょう。
BMDもそのようなコストのひとつではないでしょうか?*1

*1:さらに言えば、世界中のほとんどの国が莫大なコストをかけて国防のために軍事力を整備しているのも、この「真の不確実性」のためだと思います。