Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

太陽政策と北風政策への弔砲

 11時49分の朝日新聞電子版速報記事から。

北朝鮮が核実験の可能性 韓国、地震を探知


2009年5月25日11時49分


【ソウル=牧野愛博】韓国メディアによると、韓国政府は25日午前、北朝鮮が地下核実験を行った可能性が高いと判断し、国家安全保障会議を招集した。一方、韓国気象庁は同日午前9時54分ごろ、北朝鮮咸鏡北道吉州近くで地震を感知したと明らかにした。人工地震とみて確認を急いでいる。北朝鮮は06年10月9日に吉州近くの咸鏡北道豊渓里で核実験を行った。


http://www.asahi.com/international/update/0525/TKY200905250137.html?ref=reca



 韓国メディアによると、「午前9時54分ごろ」「北朝鮮咸鏡北道吉州近くで地震を感知」「北朝鮮が地下核実験を行った可能性が高い」と韓国気象庁が発表しました。


 1時間後の12時47分の韓国・朝鮮日報電子版速報記事から。

核問題:北朝鮮核兵器の威力を強化」


北朝鮮朝鮮中央通信は25日、「地下核実験に成功した」と報道した。


朝鮮中央通信は「共和国の自衛的核抑制力を全面的に強化する措置の一環として、主体98年(2009年)5月25日、再び地下核実験を行い、成功した」と報じた。同通信は「今回の核実験は爆発力と操縦技術において、新たに高い段階で安全に行われた」としている。


また、「実験の結果、核兵器の威力をさらに高め、核技術を絶えず発展させる科学技術的な問題を円満に解決できるようになった」とも報じた。


さらに、「核実験は先軍の威力で国と民族の自主権や社会主義を守り、朝鮮半島と周辺地域の平和と安全を保障するのに貢献するだろう」と主張している。


チョソン・ドットコム/朝鮮日報日本語版


http://www.chosunonline.com/news/20090525000065



 北朝鮮朝鮮中央通信は「共和国の自衛的核抑制力を全面的に強化する措置の一環として、主体98年(2009年)5月25日、再び地下核実験を行い、成功した」と報じたそうです。


 あいかわらず「核実験は」、「朝鮮半島と周辺地域の平和と安全を保障するのに貢献するだろう」と無茶苦茶な論理を展開しているようです。


 で、13分後の13時00分の朝日新聞電子版速報記事から。

金総書記、故盧氏の遺族に弔電 「深い哀悼の意」


2009年5月25日13時0分


【ソウル=牧野愛博】北朝鮮金正日キム・ジョンイル)総書記は25日、死去した盧武鉉ノ・ムヒョン)前韓国大統領の遺族にあてて「盧武鉉前大統領が不慮の事故で死去したとのニュースに接し、権良淑(クォン・ヤンスク)女史(夫人)と遺族に深い哀悼の意を表する」とした弔電を送った。朝鮮中央通信が伝えた。金総書記は肩書を用いず、個人の資格で送った。


金総書記と盧前大統領は07年10月、平壌で開かれた第2回南北首脳会談で「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」に署名した。


金総書記は、01年3月に韓国・現代グループの鄭周永氏が死去した際、「国防委員長」の肩書で遺族らに弔電を送ったほか、弔問団をソウルにある鄭氏の自宅に派遣した。韓国政府によれば、25日朝現在、北朝鮮から弔電や弔問団派遣に関する連絡はないという。北朝鮮は08年3月以来、韓国との政府間対話を原則的に拒否する方針を維持している。


http://www.asahi.com/international/update/0525/TKY200905250083.html



 報道のタイミングがなんとも間の悪いのですが、金正日キム・ジョンイル)総書記が「盧武鉉前大統領が不慮の事故で死去したとのニュースに接し、権良淑(クォン・ヤンスク)女史(夫人)と遺族に深い哀悼の意を表する」とした弔電を送ったそうであります。


 これじゃタイミングからして核実験が盧武鉉前大統領に対する「弔砲」(チョウホウ)のようであります。


 で、14時15分の産経新聞電子版速報記事から。

北核実験】今度はミサイルも発射


2009.5.25 14:15


【ソウル=水沼啓子】韓国外交筋は25日、北朝鮮が2回目の核実験をこの日午前中に実施したのに続いて、北東部の咸鏡北道舞水端里(ムスダンリ)のミサイル発射施設から地対空短距離ミサイル1発を発射したと明らかにした。韓国の通信社、聯合ニュースが伝えた。


韓国外交筋は「舞水端里から射程130キロの地対空短距離ミサイル1発を発射したことが観測された。米韓の情報当局が詳しく分析中」と話している。


http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090525/kor0905251415018-n1.htm



 舞水端里から射程130キロの地対空短距離ミサイル1発を発射された模様だそうですが・・・


 もちろん、核実験もミサイル試射も事前から予告されていましたし、彼の国は十分な準備のもとで実行したのでしょう、今回の韓国の盧武鉉前大統領の自殺と推測されている不慮の事故死とは、時系列的には何も因果はなく、これは偶然のなせる業なのでしょうが、結果的には、国際社会から見れば、同日に金正日総書記によるとんだ「弔砲」(チョウホウ)2連発付き弔電(チョウデン)となったわけであります。


 2009年5月25日は、金正日盧武鉉遺族にとんだ弔砲2連発付きで弔電を打った日と記憶されることでしょう。


 ・・・


 あいかわらず間が悪い将軍様です。

金正日が盧武鉉遺族にとんだ弔砲2連発付きで弔電を打った日 - 木走日記



この記事を書いたid:kibashiriさんがおっしゃるように、北朝鮮盧武鉉元大統領の自殺に合わせて核実験を実施したということはあり得ないのですが、今回はあまりにもタイミングが合ってしまいました。偶然にしてはできすぎです。
ただ、今回の核実験が、盧元大統領が推進してきた太陽政策の破綻を決定的にしたことを考えると、この核実験は盧元大統領本人のみならず、彼が推進してきた対北政策への弔砲としてとらえることもできるのかなあと、思ってしまいます。太陽政策は、このような緊張状態を起こさないことを目的とした政策だったはずですから。


そこで今回は、なぜ太陽政策がこんな末路を迎えてしまったのかを考えてみました。


そもそも、太陽政策というのは、イソップ寓話の「北風と太陽」から出た言葉でした。一般に知られているのはこんな話です。

あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。


1. まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。
2. 次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。


これで、勝負は太陽の勝ちとなった。

北風と太陽 - Wikipedia



この話では寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまったわけですから、旅人が上着を脱がなかった原因は旅人の外部環境にあったことになります。これと同じように、北朝鮮が対外的な挑発を繰り返す原因は北朝鮮外部の国際環境にあるという考え方が、韓国の太陽政策の根底にあったと思います。


しかし実際に太陽政策を行った結果、北朝鮮は韓国が友好政策の証として行った援助や譲歩を受け入れはしたものの、それに見合う譲歩を行うことはなく、形だけの譲歩を外交カードとして、一方的な利益を得るばかりでした。そして結局核実験やミサイル実験を行い、太陽政策は狙った効果を上げられませんでした。
そして、韓国では一方的な譲歩を批判する声が高まり、盧武鉉政権から李明博政権へと政権交代して、対北政策での譲歩を止めてしまいました。そうなると北朝鮮はこれまでの形だけの譲歩も止めてしまい、韓国との対立も国際社会への挑発もエスカレートし続けています。
このことは日本やアメリカの対北宥和政策についても言えるでしょう。日本の宥和政策は拉致問題で破綻しましたし、アメリカの対話路線もうまく行ってません。中国も北朝鮮経済を支えていますが、それでも大きな影響力は及ぼせないようです。


ということは、北朝鮮は対外関係に関係なく核兵器やミサイルの開発を推進してきたというわけです。他国からの譲歩を得るために、開発のスピードを緩めたり、形だけの施設封鎖に応じることはありましたが、譲歩がなくなった途端、開発を再開してしまいました。


そうなると、「北朝鮮が対外的な挑発を繰り返す原因は北朝鮮外部の国際環境にあるという考え方」自体が疑わしくなってきます。北朝鮮が対外的な挑発を繰り返す原因はむしろ北朝鮮国内の状況にあると考えた方が、これまでの北朝鮮の行動を説明できるのではないでしょうか?
もし、北朝鮮が外部からはうかがい知ることの出来ない国内要因によって対外的な挑発を行ったり、核やミサイルの開発を行っているのだとしたら、北朝鮮の体制を崩壊させない限り、他国が何をやろうが北朝鮮を止められないことになります。
そのような要因として最も考えられるのは、金正日体制を維持するために北朝鮮は軍事・外交面での成果を常に必要としていて、他国(それが韓国、日本、アメリカ、中国、ロシアのいずれであっても)へ譲歩することは、体制の威信を低下させて崩壊に繋がりかねないと、金正日やその周辺が認識しているということでしょう。*1


ただ、この結論は、太陽政策だろうが「北風政策」(対北強硬政策)だろうが、北朝鮮崩壊後の混乱を覚悟しない限り、北朝鮮の核やミサイルの開発を止められないという意味になります。
北朝鮮を取り巻くどの国もそのような混乱は望みませんから、北朝鮮を止められなかったのも道理だということになります。


そのような考え方に従うならば、北朝鮮が核ミサイル保有国となるのは時間の問題であると覚悟した上で、いかにして北朝鮮に核ミサイルを使わせないかが重要となるのでしょう。
具体的には、軍事面では、北朝鮮が核ミサイルを使用したときは北朝鮮を崩壊させるだけの軍事力と覚悟を持つことで、抑止力を維持することでしょう。また、外交面では、北朝鮮が戦争を仕掛けない限り、体制を存続できると信じさせることでしょう。これには単に北朝鮮を攻撃しないというだけではなく、北朝鮮の体制の威信を低下させるようなこともしないということまで必要となります。
前者は左派に批判され、後者は右派に批判されそうな政策ですが、実際にはこの2つを組み合わせることが必要なのでしょう。
ただ、どちらの政策も負担しなければならないコストは大きいです。軍事面のコストは言わずもがなですが、外交面でも時に受け入れがたい譲歩を迫られることは、例えば拉致問題を考えれば分かると思います。


このような状況は考えるだけでも憂鬱ですから、多くの人は「北朝鮮が対外的な挑発を繰り返す原因は北朝鮮外部の国際環境にあるという考え方」をしてきたのでしょう。それには盧武鉉元大統領のような対北融和派だけではなく、「圧力で北朝鮮の行動を変えさせるべきだ」と主張する対北強硬派も含まれます。


今回の核実験を「盧武鉉元大統領への弔砲」ととらえて揶揄するのは、太陽政策に反対する人にとっては楽しい想像ですが、その背後にあるものを突き詰めて考えると、太陽政策が間違っていたからと言ってその逆が正しいとも言えなくなってきます。
そしてそのような考え方の先にあるものは、どんな政策を取ろうが苦いコストを飲まされる、不愉快な現実なのだと思います。


それにしても、「北朝鮮が対外的な挑発を繰り返す原因は北朝鮮内部にあるという考え方」をしただけで、こんな憂鬱な結論が出てくるとは、国際政治とは嫌なものですね。

*1:もっとも、このことは、西側からの推測でしかないのでしょうが。