Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

バーナンキFRB議長講演に対する誤解について

5月26日、バーナンキFRB議長が来日して日銀で講演を行いました。ただ、そのことを報じた記事の中に、バーナンキ氏の講演内容を曲解しているのでないかと思われるものをみつけました。

 日本銀行が26日開いた会議で、米連邦準備制度理事会FRB)のバーナンキ議長と日銀の白川方明(まさあき)総裁が講演した。それぞれの政府や議会が中央銀行の金融政策に「介入」する動きが出ているのに対し、政治との距離を保ち、「中央銀行の独立性」を守る姿勢で歩調を合わせた。

FRB議長「政策 自由に」 日銀総裁「物価偏重危険」

 「政治のコントロールから離れ、自由に金融政策を決めるべきだという幅広い合意ができてきた」。バーナンキ議長は講演でこう切り出した。

 講演では、中央銀行の独立性が保たれないと、不況の時には政治家から景気を必要以上に刺激するように圧力がかかる恐れがあると説明。圧力に屈すれば、「好不況の波が大きくなり、経済を不安定にしたり、高インフレを招いたりする」と訴えた。

 「独立性」を強調したのには、わけがある。

 FRBは2008年秋の金融危機以降、超低金利政策を進めるなど、景気刺激策を打つ米政府と協調してきた。だが、危機の再発を防ぐための金融規制改革の議論では、米議会などから、危機を招いた責任の一端がFRBにあるとの批判が出ている。

 下院では昨年12月にFRBの金融政策について監査する法案が可決された。上院で先週可決した法案でこの条項は盛り込まれず、FRBの独立性は保たれる見通しだが、議会の一部には不満も残る。

 「お家事情の表れ」。日銀では、議長の講演での発言をこう受け止める見方がある。実は、その日銀も政府や議会の「圧力」を受けている事情は同じだ。白川総裁もこの日の講演で政府や議会を牽制(けんせい)する発言を繰り返した。

 「物価の安定が経済の安定を自動的に保証するものではない」「(中央銀行が)短期的な物価の動きだけにクギ付けになると、かえって経済の変動を大きくする」

 物価の上昇率が低いからといって、金融緩和から引き締めへのギアチェンジをためらっていると、バブルの発生と崩壊を招く――。発言の背景にはそんな考え方がある。

 これは、民主党の一部などが求める「インフレ目標政策」への牽制と言える。菅直人副総理兼財務相も4月の国会で「魅力的な政策だなと感じてきたし、今でもその気持ちがある」と述べた。今は政府として導入を求める動きは出ていないが、日銀は政府や民主党内で導入論が本格化するのを警戒している。

 そもそもインフレ目標政策バーナンキ氏が熱心に導入を説いていた。FRB理事だった03年には、デフレに苦しむ日本に導入を提言さえした。だが、自身がFRB議長に就いた後、FRBは07年にインフレ目標政策の導入を見送り、この議論に区切りをつけた。導入論の要だったバーナンキ氏率いるFRBが見送ったことも踏まえ、白川総裁は導入論を批判している。

 一方、白川総裁は講演で「革新性が十分に認識されていないのは残念」と述べ、金融危機対応の努力が理解されないことにいら立ちも見せた。90年代以降、日銀は銀行保有株の買い入れなど異例の政策を連発してきた。今年4月末には成長分野への投資を促す貸出制度も打ち出したが、「日銀の本来の仕事ではない」といった批判も多い。(吉原宏樹、寺西和男、北京=尾形聡彦)


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この記事では、バーナンキ氏が日銀に同調して中央銀行の無制限の独立性を主張し、インフレ目標政策を批判しているように書かれています。

しかし、実際の講演内容を読むと、バーナンキ氏は中央銀行の独立性は金融政策の手段だけであり、目標は政府が決めるべきだと言っています。また、バーナンキ氏はインフレ目標を金融政策の目標の枠組みとして評価していることも分かります。

今回の講演内容は、optical_frogさん、hicksianさん、Wasshoiさん、night_in_tunisiaさんの4人によって日本語訳されています。その中から該当する場所を引用します。

明確にしておきたいことですが、私は中央銀行が無条件の独立性を持つことを支持しているわけでは全くありません。まず第一に、中央銀行の政策の独立性が民主的な正統性をもつために中央銀行は、自らの行動について説明責任を持たなければなりません。既に述べたように、政策のゴールは政府によって設定されるべきであり、中央銀行自身が決めるものではありません。そして中央銀行は常に課せられたゴールを適切に追求しなければなりません。責務に対する忠誠を示すことは結果として中央銀行の経済の見通しと政策の戦略に対する透明性を高めることを要求しますが、これについてはもう少し後に詳しくお話しします。


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中央銀行の独立性に対する支持は,時とともに発展してきました.合衆国をはじめ多くの国において,1970年代から1980年代はじめにかけての歴史的に高く不安定なインフレがきっかけとなり,金融政策と中央銀行の運営が再検討されることとなりました.それ以来,2つのグローバルな流れがまとまりをみせます:すなわち,改善された金融政策の実施がひろく採用されるという流れと,高インフレ率の事実上の駆逐という流れが合流してゆきます.この改善された金融政策の運営に含まれるものでとくにみるべきものとしては,中央銀行の独立性の強化,金融政策委員会における透明性の向上,そして,金融政策に委託された目標として物価安定を掲げること,が挙げられます.インフレ目標は,こうした原則を体現する枠組みとして広く採用されています.これは,政府がインフレの数値目標を設定し,その目標の達成は中央銀行の責任とするものです.インフレ目標だけでなく,これと同様の金融の枠組みも実効性が確認されています.


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というわけで、バーナンキ氏は中央銀行の独立性について金融政策の目標は政府が決めるべきだと言ってますし、インフレ目標を否定しているわけでもありません。
朝日新聞の記事は、目標の独立性と手段の独立性を混同したり、バーナンキ氏はインフレ目標を否定しているように匂わせるなど、誤解を招きかねないものです。*1
また、他のマスコミの記事でも、「中央銀行の独立性を強調」という見出しが並んでおり、これだけ見ると目標の独立性と手段の独立性を混同しかねないと思います。
この目標の独立性と手段の独立性については、高橋洋一氏も指摘しています。


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なぜ、このようなミスリーディングが生まれたのかははっきり分かりません。ただ、日本の記者は記者クラブに依存していると言われているので、この記者も普段から日銀が記者クラブに出す情報に依存していて、そっちから出された情報を鵜呑みにしてしまうため、どんな話を聞いても目標の独立性と手段の独立性の混同やインフレ目標の否定といった、日銀に都合の良い考え方として捉えてしまうのかもしれませんね。

*1:FRBインフレ目標を導入していないのは事実ですが、それはFRBが物価安定と雇用確保の2つの目標を課せられているため、インフレ目標を明示的に定めにくいという事情があります。