Baatarismの溜息通信

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消費税増税実施に成長率の条件を入れることは財政再建にマイナスか

先週から、民主党で消費増税法案の党内事前審査の議論が行われています。
その中で最大の議論になっているのが、経済が好転しなかったときに消費税増税を凍結する「弾力条項」に、経済が好転した条件として具体的な成長率の数字を入れるかどうかです。

この数字として、性急な消費税増税に反対する議員からは、「名目成長率3%、実質成長率2%」という数字が出されています。そのような議員の代表格である馬淵澄夫議員は、この数字について次のように説明しています。*1

 3月13日、社会保障と税の一体改革関連法案の党内事前審査が始まった。昨年12月29日の深夜に決着した党税調議論と同様、消費増税反対派も多数押しかける中、会場は緊張感と熱気に包まれて午後5時開始となった。

 冒頭、前原政調会長の挨拶から始まり法案説明に入ろうとしたところで、議事の前提や進め方に対しての疑義などが提起された。そもそも論も含め法案説明までに相当の時間を費やしながら途中休憩も含め午後9時前まで議論が続いた。これから本格論争となる。

 さて今回の一体改革関連法案は、閣議決定された大綱で示された内容をみると社会保障関連が多岐にわたる。中でも、消費税法の改正そのものが議論の焦点となることは言うまでもない。とりわけ、昨年の党税調での議論で最終までもつれた税率の引き上げの施行期日、平成26年4月1日から8%、平成27年10月1日から10%の規定は政府としては譲れないだろう。そこで、どのような党内議論での修正協議が行われるかが争点となる。


(中略)


 先に閣議決定した大綱では、「法律成立後、引上げにあたっての経済状況の判断を行うとともに、経済財政状況の激変にも柔軟に対応できるような仕組みを設けることとする。具体的には、消費税率引上げ実施前に『経済状況の好転』について、名目・実質成長率、物価動向など、種々の経済指標を確認し、経済状況等を総合的に勘案した上で、引上げの停止を含め所要の措置を講ずるものとする規定を法案に盛り込む。」となっている。

 つまり経済状況の好転を指標によって確認したうえで、増税の停止を含め所要の措置を講ずることになっているのだ。具体的にこの規定を整理する必要がある。


(中略)


 むしろ、大綱では「種々の経済指標を確認し」としているのだから、指標を明確化しかつ目標として設定することが重要である。期日を明記させる代わり、目標値も明記させかつその達成を条件とするのだ。その際の指標の選定は、これも平成22年6月18日に閣議決定されている「新成長戦略」で規定されている、「名目3%、実質2%を上回る成長」を目標値として設定すればいい。


民主党の論客の新連載がスタート!「名目3%、実質2%」の成長をクリアしなければ消費増税は施行を延期する「ストップ条項」を明記すべきだ  | 馬淵澄夫レポート | 現代ビジネス [講談社 民主党の論客の新連載がスタート!「名目3%、実質2%」の成長をクリアしなければ消費増税は施行を延期する「ストップ条項」を明記すべきだ  | 馬淵澄夫レポート | 現代ビジネス [講談社 民主党の論客の新連載がスタート!「名目3%、実質2%」の成長をクリアしなければ消費増税は施行を延期する「ストップ条項」を明記すべきだ  | 馬淵澄夫レポート | 現代ビジネス [講談社



しかし、このような数値目標を求める意見は、事実上消費税増税を不可能とするものであり、市場から財政再建に疑問を持たれて国債売却を招くという批判もあります。この記事にある藤井裕久税調会長の意見は、その代表的なものでしょいう。*2

 幹部会に先立ち、藤井氏は東京都内で講演し、「数値(目標設定)は(増税を)やらないということ。その時、市場はマイナスに反応する」と強調。数値目標を設定すれば、国債売却を招き、長期金利上昇などの影響が出るとの認識を示した。


民主:「景気条項」に数値検討 消費増税の条件とはせず - 毎日jp(毎日新聞) 民主:「景気条項」に数値検討 消費増税の条件とはせず - 毎日jp(毎日新聞) 民主:「景気条項」に数値検討 消費増税の条件とはせず - 毎日jp(毎日新聞)



しかし、この数値目標は本当に財政再建にマイナスなのでしょうか?

このことを考えるために、1997年に消費税増税が行われた時のことを考えてみましょう。
以前、このブログでもこの問題を取り上げましたが、1997年に消費税増税を実施してから、税収が1997年以前の水準を上回ったことは一度もありません。
また、この年を境に歳出も増大しており、消費税増税をきっかけに財政再建から遠ざかったという皮肉な結果になりました。

消費税増税は本当に税収を増やすのか? - Baatarismの溜息通信 消費税増税は本当に税収を増やすのか? - Baatarismの溜息通信 消費税増税は本当に税収を増やすのか? - Baatarismの溜息通信



この記事の分析では、このようなことが起こった原因は1997年に始まった深刻な不況であり、不況の原因は消費税の増税を初めとする「9兆円の負担増」やアジア通貨危機、当時の橋本政権が行った金融ビッグバンなどが絡み合った複合的な原因であったと結論づけました。
ただ、この記事では1997年に起こったことを中心に論じたので、その後、ずっと税収が回復しない理由については指摘していませんでした。アジア通貨危機震源地で会った東南アジアや韓国でも数年で収まり、その後これらの国々は経済成長を回復していますので、税収が回復しない原因ではないことは明らかです。
その理由は、日本がこのころからずっとデフレであり、名目成長率が低いままであることでしょう。1997年以降でも実質成長率が2%程度の時はあったので、デフレこそが税収が回復しない原因であると言えます。


従って、「名目成長率3%、実質成長率2%」という条件をつけて、日本がデフレを脱却することと経済成長を消費税増税の条件とすることは、過去の経験から考えても、税収の低下を防ぐために必要であると言えるでしょう。*3
今はリーマンショックから続く世界経済の低迷、東日本大震災原発事故、野田政権・財務省が反対を押し切って決めた「復興増税」、原発停止による電力不足、欧州のユーロ危機など、経済に悪影響をもたらす要因が非常に多いです。この状態で消費税増税を強行すれば、1997年と同様に景気が大きく悪化することは間違いないでしょう。その結果、税収が減ってしまい、さらに財政が悪化する可能性も高いでしょう。
それを防ぐために、デフレ脱却と景気回復を示す「名目成長率3%、実質成長率2%」を条件とすることは妥当であると思います。


藤井氏は「数値目標を設定すれば、国債売却を招き、長期金利上昇などの影響が出るとの認識を示した」そうですが、このように過去の例を考えれば、逆に数値目標を設定しないことがデフレ不況下の消費税増税を強行させて、景気と財政を悪化させ、やがては「国債売却を招き、長期金利上昇などの影響が出る」のではないでしょうか。
消費税増税については僕も様々な意見を見ましたが、増税に賛成している人達はみんな「増税=税収増加」だと思い込んでいるように思います。しかし、1997年の消費税増税の結果は、そのような単純な思い込みを否定しています。
その点を無視して消費税増税を推進することは、日本経済と日本の財政を危うくする間違った考えでしかないと思います。そしてそのような間違った考えの大元締めが、我が国の財務省なのでしょう。

*1:多くの報道では、このような「消費税増税に反対する議員」=「小沢氏に近い議員」と言われていますが、この馬淵議員のように、小沢氏とは関係が薄い議員でも政府案の消費税増税に反対する議員は多いです。

*2:なお、藤井氏や野田政権、財務省財政再建にこだわっていることについては、「だったら、なぜ2011年度予算で税収が予想を上回ったために生じた2兆円以上のお金を、国債返済に当てずに第四次補正予算として財政支出してしまったのか」という批判ができるでしょう。この件は、財務省やその主張に賛同している政治家が本当に財政再建を優先しているのか、あるいは財政再建をダシにして増税を進めたいだけなのかを判断する、一つの材料になるでしょう。もっとも、僕自身はこの約2兆円は国債返済ではなく復興増税の減額に充てるべきであったと考えています。

*3:ここで名目成長率3%は低いのではないかという議論もあるでしょうが、馬淵氏も言うようにこれは閣議決定されている「新成長戦略」の数字なので、民主党内で大義名分のある数字であり、党内の賛同を得やすいという考えがあるのでしょう。また、「名目3%、実質2%」だとGDPデフレータで1%なので、消費者物価指数(CPI)によるインフレ率だと、CPIの上方バイアスを考慮して、約2%に相当します。だからインフレ目標にすると2%に相当する数字と言えるでしょう。