Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

消費税増税を主導したのは誰なのか?

先週書いたエントリーについて、常夏島日記さんにとりあげていただきました。それを読んで色々考えさせられることがあったので、今回はそれを書きたいと思います。

官僚が悪だくみをしてる、って言えば事情通のように政治を語っているように聞こえてしまうのは、日本の政治経済における一つのたちの悪い土壌だと思います。これは別に最近の話ではなくて、昭和の時代からそうだったのですが。


さて、そんな「事情通」な言論を見つけました。財務省財務省による財務省のための消費税増税 - Baatarismの溜息通信。この評論のメインは以下の文章です。

このように財務省増税を行う目的が自らの利権のためだと考えれば、財務省増税にこだわる理由が分かるように思えます。
財務省の最大の権力は予算を決定し、財政を左右する力です。従って、増税を行って自分たちが使える財布を膨らめば、それだけ権力が増すことになります。
しかし、ここで一つの疑問が出てきます。財布が膨らめば良いのであれば、増税をしなくても景気を回復させて税収を増やしても良いのではないかという疑問です。
しかし、景気が回復すると、民間企業は財政支出や税制優遇措置に頼らなくても、利益を出せるようになります。そうなると財布が膨らんでも、財政が日本経済に及ぼす影響力が減ってしまうので、財務省の影響力も減り、財務省にとっては好ましい事態ではありません。
これに対して増税では、税収が増えればそれで良し、景気が悪化して税収が減っても、日本経済がさらに財政に依存するようになるので、財務省の影響力が増してそれでも良しということになります。消費税の増税が選ばれたのも、これが景気の動向に影響を受けにくい税で、財務省の影響力増大に適しているからだと思います。
一見、この仮説は財務省財政再建を唱えていることと矛盾しているように見えます。しかし、財務省も他の省庁や政治家、圧力団体に言われるままに予算を出していては権力を維持できないので、何か予算を出し渋るための口実が必要です。その口実として財政再建はぴったりです。もちろん、増税を行うための口実にもぴったりなのは、今回の消費税増税で多くの国民、マスコミ、経済学者が財政再建が理由だと信じ込んだことを見ても明らかでしょう。
また、社会保障も同様の口実に使えるでしょう。社会保障増税の口実として使われたのは、今回の増税の経緯や、上の長谷川氏の記事を見ても明らかでしょう。
だから、財務省財政再建社会保障を唱え続けているのでしょう。


財務省財務省による財務省のための消費税増税 - Baatarismの溜息通信

一見もっともらしい分析です。しかし、この文章で「財務省」を「政権与党中枢」と読み替えても、ほとんど不自然な部分なく読めることに気付いた時、財務省が必然的に黒幕であるという言説に根拠がないことがわかります。


政権与党中枢は、増税をして自分たちの財布を膨らませて権力を増やしたいし、財政依存の環境の中で自らの影響力を増やしたいし、中枢以外の政治家のいいなりに予算を配りたくはないから社会保障だなんだという言い訳がほしいわけです。そして、政権中枢だけに、財政支出を左右するのは当然できるわけです。こんなの、財務省に限った話じゃない。しかも、政権与党中枢を構成する議員は、消費税アップで選挙で逆風が吹いても、当選するだけの力量を持った議員がそろっている、はずです。選挙の逆風さえなければ、政権与党は、増税をしたくてたまらないはずの人たちです。与党政権中枢の人は、潜在的に消費税には賛成です。


一方で、政権与党でも、中枢にいない議員は、「予算を決定し、財政を左右する力」に関与する機会が乏しいです。せいぜい、財政支出のごく一部である特定分野、道路とか河川とか農業基盤とか運輸通信インフラとか学校関係とか、そういう限られた分野で声をあげられる程度です。ならば消費税アップで財源が増えることよりも、選挙での逆風が怖くて仕方ありません。与党内の端っこの議員は、消費税には反対、となります。


野党は言わずもがなです。政権が取れる可能性に乏しい野党は、財政支出に無駄があるという主張を繰り広げます。まことにごもっともなことで、財政支出は基本的に与党を支持する人たちに手厚く配分されるので、野党の支持者から見れば、自分たちのところに回ってこないお金なんて無駄の一言です。仮にそのお金がどんなに世の中のためになっていても、です。まして、そのための財源を確保するための増税とかありえないでしょう。
逆に、政権が取れる可能性が高い野党にしてみれば、利害得失は、政権与党中枢とほとんど変わりません。今の政権が倒れれば、そのお金は、自分たちが配るお金です。消費税には潜在的には賛成です。特に、連帯責任を与党が取ってくれるのであればなおさらです。


政治家が、財政支出を後援者から求められたときに、官僚の抵抗をたてにとって「役人がうるさくて無理なんだよね」というのは昔からある話でした。増税に関しても同じようなスタンスで、特に政権与党で中枢にいない議員は官僚のせいにするとひとまず気持ちが楽に有権者に説明できるのでしょう。もちろん、同じ政権党にあっても、政権中枢はそんな恥ずかしいことはしないもので、唯一、増税を官僚に振付けられたかのように振る舞った細川という総理がどうなったかというのは、今の与野党の中枢議員はみな熟知しています。特に細川元総理の愛弟子と言われた野田総理はなおさらでしょう。


このように、政治家にこそ消費税増税の動機づけがあるんだ、という目で見たときに、今起きていることはほとんど説明がつくような気がするのです。この構造は、上記エントリの作者が言及している「維新の会」についても同じことです。彼らが絶対与党になりうる集票力があるのなら、消費税には賛成でしょうし、政権を取ったら自分たちの支持者のために積極的に配分するでしょう。税は、あくまで政治の意志で集められ、配られるものであるという原則は崩れていないように思います。


消費税は財務省の悲願、という評論の陰に隠れて政治家は何をやっているか - 常夏島日記 消費税は財務省の悲願、という評論の陰に隠れて政治家は何をやっているか - 常夏島日記 消費税は財務省の悲願、という評論の陰に隠れて政治家は何をやっているか - 常夏島日記



この意見をまとめると、僕が前回のエントリーで言った内容は、そのまま政治家、その中でも与党中枢や政権が取れる可能性が高い野党にも当てはまるのではないかということでしょう。
ただ、このことをそのまま受け入れたとしても、それは政治家と財務省の双方に消費税増税のインセンティブがあるということであり、「政治家にこそ消費税増税の動機づけがあるんだ」とまでは言えないでしょう。双方にインセンティブがあるならば、どちらが主導権を握っているのか、別に考察しなければならないということになります。


そこで、今回は2つの問題を考えてみます。一つは政治家の消費税増税に対するインセンティブがどのようなものであるか、もう一つは政治家と財務省、どちらが主導権を握っているかです。ただし、後者については主導権はその時の政治的状況によっても変わりますから、今回の消費税増税政局に限定して、どちらに主導権があるのかを考えてみます。


まず、政治家の消費税増税に対するインセンティブについて考えてみます。常夏島日記さんの意見では、財務省のインセンティブ構造がそのまま政治家にも当てはまると言うことでしたが、本当にそうなのでしょうか?
前回の僕のエントリーで、財務省は自らの利権のために増税をして自分たちの財布を膨らませようとしていると言いましたが、その利権というのはどういうものなのでしょうか?それは具体的に言えば天下りに代表される、退職後の地位や収入でしょう。公務員は身分が保障されている存在ですから、一番関心があるのは退職後の話であり、そこが利権となります。より具体的に言えば、税金によって集めた予算を特定の企業や団体、業界に分配する見返りとして、企業や団体から地位や収入を得ることが利権となります。


一方、政治家は選挙によって選ばれる存在ですから、一番関心があるのは票です。税金によって集めた予算を特定の企業や団体、業界に分配することは同じでも、得られる利権は最終的には団体・業界の支持を得たり、政治活動で票を獲得するために使われます。このような政治家は、増税によって自分たちの財布を膨らませることにも魅力を感じるでしょう。
ただし、政治家が票を得る手段はこのような利権によるものだけではありません。幅広く大衆の支持を得て(悪く言えばポピュリズム的な方法によって)票を獲得することも可能です。このような方法で票を獲得できる政治家は、予算を特定の企業や団体、業界に分配する必要はありませんから、増税によって自分たちの財布を膨らませることには、大きな魅力は感じないでしょう。


この仮説が正しいかどうかを見るために、過去の政権について考えてみます。
過去に消費税導入、増税を実施したのは竹下政権と橋本政権ですが、この両者は共に経世会の政権でした。経世会が団体や業界を支持基盤として票を獲得してきたのは間違いないでしょう。
一方、この経世会と対立した小泉政権は5年に渡る長期政権でしたが、消費税増税は行いませんでした。小泉政権が幅広く大衆の支持を得て票を獲得してきた政権であったことも間違いないでしょう。
これらの政権は先の仮説に合っていると思います。
さらに民主党政権について言えば、衆院選で大勝して国民の支持を得た鳩山政権の頃は消費税増税に消極的でしたが、その後の鳩山政権の失政で国民の支持を失い、参院選で敗退して菅政権に替わった頃から消費税増税に積極的になっています。国民の支持を失った後は労組などの支持団体に支えられた政党に戻ったと考えられるので、この頃から増税に積極的になったというのは、先の仮説に合っているでしょう。
また、自民党谷垣執行部についても、旧来の支持団体を維持していますから、このような政党が消費税増税に積極的であることは仮説に合っています。
一見この仮説に外れているように見えるのは、国民の支持を得ながら突然国民福祉税導入をしようとして崩壊した細川政権ですが、あの政権は小沢一郎が大きな影響力を持っていた政権であり、その頃の彼は自民党時代から持っていた支持団体を維持していたのでしょう。ただ、今の小沢は消費税増税反対に転じていますが、反原発や反TPPも同時に唱えていることも考えると、今は大衆の支持を得ようという路線に変わっているためだと考えられます。恐らく過去20年間で支持団体もかなり失っているのでしょう。
最後に橋下大阪市長が率いる維新の会ですが、あそこは消費税の地方税化を唱えているので、従来の利権構造から消費税を切り離そうという考え方でしょう。もし橋下政権ができるとすれば、それは小泉政権以上にポピュリズム的な政権になるでしょうから、そのような政権が消費税の大改革を行おうというのも、この仮説に沿ったものだと言えるでしょう。


このように政治家が自らの利権のために消費税増税をして自分たちの財布を膨らませようとするかどうかは、政権の支持構造によって違ってくるので、一概に財務省を政治家に置き換えてもそのまま成り立つとは言えないと思います。
ただ、野田政権や自民党谷垣執行部に限って言えば、財務省と同じような利権構造はあると言えるでしょう。


さて、ここで2番目の問題である、政治家と財務省、どちらが主導権を握っているかについて考えたいと思います。今回の消費税増税では、野田政権と自民党谷垣執行部について考えてみます。


まず野田政権についてですが、もしこの政権が主導権を握っているとすれば、何故民主党が分裂してしまったのかという疑問が出てきます。現在から見れば一見不可避だったように見える分裂ですが、実は回避できる可能性はありました。3月に民主党内で党内事前審査の議論が行われましたが、この時は長い協議の末に、賛成派と反対派が折り合って合意しようという状況になっていました。この時に合意が出来ていれば、成長条項で今より厳しい条件はついていたでしょうが、民主党内は消費委増税で合意し、後の党分裂も避けられたでしょう。しかしこの時は前原政調会長がいきなり議論を打ち切って、勝手に執行部に「一任」してしまいました。この時の合意手続きのまずさが、後に造反議員が続出し、党が分裂する原因だったと思います。
ここで強引に議論が打ち切られたのは、成長条項を厳しくするという譲歩を民主党執行部が飲めなかったからでしょう。成長条項を骨抜きにするというのは、増税を確実にするためにはどうしても必要なことだったのでしょう。このように党を分裂させてでも頑なな姿勢を取ったのは、民主党執行部も別の勢力の意向を無視できなかったからだと考えれば、すっきり理解できます。そのような勢力は、財務省以外にいないでしょう。


次に自民党谷垣執行部についてですが、この国会で自民党の姿勢は激しく迷走しました。前回のエントリーでも述べたように、解散の確約がないと増税に賛成する三党合意を破棄して不信任案を出すと言っていたのに、結局民主党が『近いうちに』解散すると言っただけで、その主張を取り下げてしまいました。
さらに、参院の首相問責決議では、民主・自民・公明三党による消費税増税決定に抗議する内容であったにも関わらず、自民党が賛成するという珍事まで起こりました。

 29日の参院本会議で可決された野田佳彦首相問責決議の全文は次の通り。
 内閣総理大臣野田佳彦君問責決議
 本院は、内閣総理大臣野田佳彦君を問責する。
 右決議する。
 理由
 野田内閣が強行して押し通した消費税増税法は、2009年の総選挙での民主党政権公約に違反するものである。
 国民の多くは今も消費税増税法に反対しており、今国会で消費税増税法案を成立させるべきではないとの声は圧倒的多数となっていた。
 最近の国会運営では民主党自由民主党公明党の3党のみで協議をし、合意をすれば一気呵成(かせい)に法案を成立させるということが多数見受けられ、議会制民主主義が守られていない。
 参議院で審議を行う中、社会保障部分や消費税の使い道等で3党合意は曖昧なものであることが明らかになった。
 国民への約束、国民の声に背く政治姿勢を取り続ける野田佳彦内閣総理大臣の責任は極めて重大である。
 よってここに、野田佳彦内閣総理大臣の問責決議案を提出する。


時事ドットコム:首相問責決議の全文 時事ドットコム:首相問責決議の全文 時事ドットコム:首相問責決議の全文



このような自民党の迷走も、本来ならば消費税増税法案を葬ってでも解散に追い込んで政権を奪取するのが自民党の利益であると分かっていたが、やはり別の勢力の意向を無視できず消費税増税に賛成するしかなかったと考えれば、すっきり理解できます。そのような勢力は、やはり財務省以外にいないでしょう。


このように党分裂や政権奪取のチャンス放棄など、民主党自民党にとって大きな不利益をもたらすことが分かっていたのに、消費税増税を目指す財務省の意向を無視できなかったというわけです。
これが、僕が今回の消費税増税の主導権を財務省が握っていたと考える理由です。


民主党自民党が消費税増税を主導したと考えるには、今回両党が失ったものはあまりにも大きかったと思うのです。しかもそれは十分に予測可能なことでした。このような両党よりも、消費税増税で失うものがなかった財務省の方が、このような事態を招いた消費税増税政局の主導者であったと考えるのが、素直な考え方ではないでしょうか?


もっとも、もし野田政権や谷垣自民党執行部が自分の政党のことなどどうでも良いと考えていて、自分たちさえ選挙で生き残って、選挙後は本当に増税翼賛会を作ろうとしているのであれば、ここまで述べてきた考え方は崩れてしまいます。その場合は、野田政権や谷垣自民党執行部も、財務省と同レベルの主導者ということになるのでしょう。ただ、それにしてはこの両党、仲違いが多すぎるような気もするのですが。特に最後で自民党が問責決議に賛成したことが、説明できなくなると思います。