Baatarismの溜息通信

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白川前総裁はなぜデフレを放置したのか

21日、日銀の黒田執行部が発足し、白川旧執行部は終わりました。
黒田新総裁と岩田新副総裁は、これまで白川総裁が拒み続けてきた大規模な金融緩和を実施することで市場の期待に働きかけ、デフレ脱却を目指すことになるでしょう。
インフレ期待を示す指標であるブレークイーブンインフレ率は最近急上昇していて、すでに1%を超えており、このペースだと2%に達する日も近いでしょう。市場は、黒田執行部がインフレ目標を達成すると予想しているのでしょう。

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さて、白川体制が終わった今、何故白川総裁がここまでデフレを放置したのか、考えてみたいと思います。この問題はこれまでいろんな人が考えてきましたが、定説はまだなかったと思います。


少し前の日経新聞に、こんな記事が載っていました。

 金融緩和の効果を高めるためには、市場の信認を得ることが不可欠。それでも白川総裁は「何かリップサービスをするのではなく、中央銀行の考え方をできるだけ分かりやすく説明していくことが大事だと思っている」と頑固に繰り返した。なぜか。

 白川総裁がたびたび口にしたのが日銀の政策目的だ。デフレ脱却を最重要命題に置いた日銀だが、日銀法には「物価の安定」と並んで「金融システムの安定」が明記されている。「『物価の安定』だけを入れていた中央銀行に『金融システムの安定』をもう少し意識した規定にした方がいいという変化が起きている」と語るほど、金融システムを意識する発言が目立った。

 実は、白川総裁にはバブル崩壊直後の1990年代前半、新設の信用機構局で金融システムの維持・強化に取り組んだ経歴がある。その後、90年代後半の日本の金融危機を目の当たりにして金融システムの重要性を痛感する。そして総裁に就いた後、今度はリーマン・ショックや欧州債務危機に相次いで直面した。

 欧米の金融機関の財務が悪化するなかで、日本の金融機関の信用力は相対的に浮上した。それでも金融システムの安定への言及は続いた。金利が1%上がると国内金融機関の国債評価損が8兆円以上膨らむとのリポートを公表したり、市場金利がゼロ%に近づくと短期市場の流動性が低下して金融機関が必要な時に資金を調達できないとして付利撤廃に強く反対したりしたのも、過度の金融緩和が金融システムの安定を脅かしかねないことへの警鐘だったのではないか。


白川総裁が守り通したもの :マーケット千里眼 :マーケット :日本経済新聞 白川総裁が守り通したもの :マーケット千里眼 :マーケット :日本経済新聞 白川総裁が守り通したもの :マーケット千里眼 :マーケット :日本経済新聞



この記事からは、白川前総裁が金融システムの安定にこだわった政策をしてきたことがうかがえます。白川総裁にとっては、金融システムの安定の方がデフレ脱却よりも大事だったのでしょう。

ただし資本主義においては、金融機関といえども企業ですから、経営を誤れば倒産すべきものです。金融システムの安定というのは、本来ならば少しくらい金融機関が潰れても、国全体の金融システムが動揺しないという状況を目指すべきでしょう。かつて導入されたペイオフ制度は、銀行が破綻しても一定金額までの預金は保全するという内容で、そのような状況を目指した政策の一つでしょう。
しかし先の記事からうかがえるのは、日銀はとにかく金融機関は潰させない、そのためには損をさせないという姿勢であり、白川前総裁は「金融機関の損失=金融システムの不安定化」と考えていたように思えます。
このような「金融システムの安定」という目的についての誤解が、白川前総裁がデフレ脱却に消極的だった理由なのでしょう。
長引くデフレの結果、金融機関は大量の国債を抱えていて、その運用が大きな収益源となっています。リフレ政策が行われると、短期的に現在起こっているように長期金利は下がりますが、やがてインフレ目標を達成すればインフレ率に合わせて長期金利も上がるでしょう。その時、国債の運用で収益を得ていて、一般の企業や個人への融資に消極的だった金融機関は、国債の値下がりで大きな損を抱えて経営が悪化します。白川前総裁は、このことを金融システムの不安定化と考えていたのでしょう。
ただし、金融機関の本来の仕事は集めた預金を企業や個人に貸し出すことで、資金を必要なところに供給して差益を稼ぐことですから、国債の運用で収益を得ているというのは、デフレによって強いられたおかしな経営形態です。日本経済がデフレを脱却するのであれば、金融機関もこのようなおかしな経営からは脱却して、本来の仕事に立ち返るべきでしょう。ただし、日本のすべての金融機関がそれに適用適応できるとは限らないので、いくつかは国債を抱えたまま経営危機に陥る金融機関も出てくるでしょう。白川前総裁はそれを恐れていたのではないでしょうか?


そしてさらに問題を複雑にする要因として、日銀から銀行への天下りがあります。2010年に民主党宮崎岳志衆院議員が日銀の天下りについて国会質問をしたことがあり、高橋洋一氏がそのことを記事にしていました。

 5月は普天間問題のように、民主党の体たらくばかりが目立ったが、隠れたいい仕事もある。5月17日、衆院決算・行政監視委員会において、宮崎岳志衆院議員(民主党)が日銀からの「天下り」について質疑を行った。

 「銀行の代表取締役、および短資会社の役員について日銀OBの人数を明らかにされたい」との質問に対し、「地銀68行のうち8行8人で日銀OBが代表取締役を務め、第2地銀42行中では同じく5行4人、短資会社は3社のうち会長2人、社長2人、専務1人、取締役1人、執行役員2人」と日銀は答弁した。短資会社の国内3社については「全社に天下りがおり、しかも代表取締役の8割、取締役の4割近くが日銀OBとは驚きました」と宮崎議員は自らのブログに記している。

 金融機関には、こうした幹部職員ではないが、日銀OBのエコノミストやアナリストも多い。彼らに期待されているのは、日銀からの情報収集だ。金融市場では、誰もが当局の情報をほしい。現在は、インフレ目標等外部からでもわかる目標を日銀は明確にしていないので、金融政策の次の手が読みにくい。このため、日本の金融機関は日銀との人的関係をより求めがちになっている。


【激震2010 民主党政権下の日本】日銀OB「天下り」の実態 地銀や短資会社役員に続々「情報とカネ」強い影響力 - 政治・社会 - ZAKZAK 【激震2010 民主党政権下の日本】日銀OB「天下り」の実態 地銀や短資会社役員に続々「情報とカネ」強い影響力  - 政治・社会 - ZAKZAK 【激震2010 民主党政権下の日本】日銀OB「天下り」の実態 地銀や短資会社役員に続々「情報とカネ」強い影響力  - 政治・社会 - ZAKZAK



また、これは 2002〜2003年度の古い調査ですが、帝国データバンクの調査でも、旧大蔵省や日銀から地銀や第二地銀への天下りが多いことが明らかになっています。

天下り役員のうち代表権をもつのは約4割に達する
  調査結果によると、122行の全役員は1657人で前年比22人の減少(1.3%減)となった。このうち、「旧・大蔵省」「日本銀行」「他の公的機関」からの天下り役員は110人で、前年と同じになった。
  この結果、全役員数1657人に占める天下り役員の割合は6.6%となり、15人に1人は天下り役員であることが判明した。代表権をもつ天下り役員は 42人で、天下り役員全体の約4割を占め、依然として重要ポストが用意されている。また、「旧・大蔵省」「日本銀行」からの天下りは合計73人となり、天下り役員110人に占める割合は66.4%となった。
  「旧・大蔵省」からの天下り先をみると、「第2地銀」への天下りが24人、「地銀」が12人で、「大手行」が0人という結果だった。一方、日本銀行」からの天下り先をみると、「地銀」が23人、「第2地銀」が14人、「大手行」が0人となった。


銀行122行の天下り役員実態調査 | 帝国データバンク[TDB] 銀行122行の天下り役員実態調査 | 帝国データバンク[TDB] 銀行122行の天下り役員実態調査 | 帝国データバンク[TDB]



このように地銀や第二地銀に日銀からの天下りが多いという事実も、日銀が金融機関を守ろうという姿勢に繋がっていると思います。このような小規模な金融機関は、大手銀行に比べて融資先も少ないので、国債運用に収益を頼るところが多いでしょうから。
つまり、「金融システムの安定」という大義名分が、個々の銀行の経営を守るという意味に拡大解釈されて、その結果、日銀OBの天下り先の銀行を守る政策となっていることになります。
このような建前と本音が入り交じった考え方が、白川総裁がデフレを放置し続けた理由ではないでしょうか。


黒田新執行部には、このような考え方に囚われずに、白川前総裁がないがしろにしたデフレ脱却による物価の安定という目的を達成して欲しいと思います。その結果、国債を抱えたまま経営が悪化する金融機関が出てきて、そこに天下りしていた日銀OBが苦境に陥るかもしれませんが、個々の金融機関の経営と金融システム全体の安定は別の問題だと考えて、適切な対処をして欲しいと思います。