Baatarismの溜息通信

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日銀の新たな金融政策の枠組みについて

日本銀行は9月20日・21日の金融政策決定会合において、これまでの金融緩和の「総括的な検証」を行い、それに基づいて新たな金融政策「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。
この政策については、これまで日銀の金融緩和政策を支持し、執行部や審議委員にも多くの人が加わったリフレ派の間でも、賛否が分かれています。僕もこの政策についてはなかなか考えがまとまらず、これまでブログで取り上げられませんでした。ただ、いつまでもこの問題を取り上げないわけにもいかないので、これまでに考えたことを書いてみます。


今回の新たな政策は、以下のような内容です。

これらを踏まえ、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現するため、上記2つの政策枠組みを強化する形で、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定した。その主な内容は、第1に、長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」、第2に、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」である。


(1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール

1. 金融市場調節方針(賛成7反対2)


金融市場調節方針は、長短金利の操作についての方針を示すこととする。次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりとする。今後、必要な場合、さらに金利を引き下げる。
短期金利日本銀行当座預金のうち政策金利残高に▲0.1%のマイナス金利を適用する。
長期金利:10 年物国債金利が概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債の買入れを行う。買入れ額については、概ね現状程度の買入れペース(保有残高の増加額年間約 80 兆円)をめどとしつつ、金利操作方針を実現するよう運営する。買入対象については、引き続き幅広い銘柄とし、平均残存期間の定めは廃止する。


2. 長短金利操作のための新型オペレーションの導入(賛成8反対1)

長短金利操作を円滑に行うため、以下の新しいオペレーション手段を導入する
(i)日本銀行が指定する利回りによる国債買入れ(指値オペ
(ii)固定金利資金供給オペレーションを行うことができる期間を 10 年に延長(現在は1年)


(2)資産買入れ方針(賛成7反対2)


長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。
? ETFおよびJ−REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。
? CP等、社債等について、それぞれ約 2.2 兆円、約 3.2 兆円の残高を維持する。


(3)オーバーシュート型コミットメント


日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。
マネタリーベースの残高は、上記イールドカーブ・コントロールのもとで短期的には変動しうるが、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。この方針により、あと1年強で、マネタリーベースの対名目GDP比率は 100%(約 500 兆円)を超える見込みである(現在、日本は約 80%、米国・ユーロエリアは約 20%)。
今後とも、経済・物価・金融情勢を踏まえ、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。


金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 :日本銀行 Bank of Japan 金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 :日本銀行 Bank of Japan 金融緩和強化のための新しい枠組み:「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 :日本銀行 Bank of Japan



この中で重要な点は以下の通りです。

  1. 長短金利操作(イールドカーブ・コントロール):短期金利はマイナス0.1%、10 年物国債金利が概ねゼロ%程度
  2. 長期国債の買い入れ額は現状の買入れペース(保有残高の増加額年間約 80 兆円)を目処とする
  3. オーバーシュート型コミットメント :2%のインフレ目標を多少超えても、安定的に持続するために必要な時点まで、金融緩和を継続



この中で、オーバーシュート型コミットメントは望ましい政策でしょう。2%のインフレ目標が安定するまで金融緩和を維持するという方針は、「インフレ率が2%を少しでも超えたら金融引き締めに転換するのでないかという懸念を払拭し、インフレ目標へのコミットメントを強めることになります。
ただし、イールドカーブ・コントロールの10 年物国債金利が概ねゼロ%程度という目標と、長期国債の買い入れ増加額は年間約 80 兆円を目処とするという方針は、現状では矛盾しています。*1


実際に、この方針が発表されてから、長期国債の買い入れは減額していますし、黒田総裁は国債買い入れを将来的に減額する可能性にも言及しています。これらのことから考えると、日銀は長期国債の買い入れ増加額を減らしても、10 年物国債金利が概ねゼロ%程度という目標を優先する方針なのでしょう。*2

日銀は30日、10月の国債買い入れを減額すると発表した。国債買い入れオペ(公開市場操作)の10月分の買い入れ方針で、10月初回の買い入れについて、残存期間「10年超」の買い入れ額を減額。30日午前のオペで26日の4300億円から4100億円に減らしていた「5年超10年以下」については4100億円を据え置くとした。月間では約2000億円程度の減額となる。日銀は21日の金融政策決定会合長期金利を「ゼロ%程度」に誘導することを決めていたが、その後は長期金利がじりじりと低下していた。減額で金利低下を抑制する狙い。金利を調節する政策の運用が本格化する。


日銀、金利調節を本格化 国債買い入れ減額  :日本経済新聞 日銀、金利調節を本格化 国債買い入れ減額  :日本経済新聞 日銀、金利調節を本格化 国債買い入れ減額  :日本経済新聞

YCC*3については、多額の国債買い入れによって長期金利操作ができているとし、「新たな枠組みへのシフトによって、日銀のバランスシートの拡大がこれまでと大きく異なるものとなってしまうことはない」と説明。当面は国債保有額を年間80兆円増加させるペースで買い入れる考えに変化はない、との見解を示した。
一方でYCCが達成されている限り、将来的に買い入れ額を「かなり」減らすかもしれない、と指摘。長期金利(10年債利回り)がターゲットを下回れば買い入れペースを縮小する可能性があるとし、「資産買い入れ額が減少しても増加しても、イールドカーブ・コントロールを適切に維持していれば問題はない」と語った。


現時点で追加利下げ必要ない、国債買い入れ将来的に減額も=日銀総裁 | ロイター 現時点で追加利下げ必要ない、国債買い入れ将来的に減額も=日銀総裁 | ロイター 現時点で追加利下げ必要ない、国債買い入れ将来的に減額も=日銀総裁 | ロイター

このように、10 年物国債金利が概ねゼロ%程度という目標と、長期国債の買い入れ増加額は年間約 80 兆円を目処とするという方針が矛盾していることが、今回の枠組みに対する賛否が割れている理由なのでしょう。
このように賛否が割れているということは、今回の決定で日銀の金融政策への信頼が揺らぎ、日銀の説明が素直に信じられなくなっていることを示していると思います。日銀が信頼を取り戻すためにはこの矛盾をなくすことが必要でしょう。


そのための手段としては、以下のようなことが考えられます。

  1. 目標とするイールドカーブを引き下げ、10 年物国債金利の目標をマイナスとする。
  2. 国債以外の資産(例えば外債)を購入し、イールドカーブに影響しない金融緩和手段を実施する。
  3. 政府が国債を新たに発行することで、10 年物国債金利の目標をゼロにしたまま国債買い入れ額の増加を実現する。



このうちイールドカーブを引き下げは日銀だけで実施できる方法ですが、それをするならなぜ今回やらなかったのかという疑問が出てきます。10 年物国債金利の目標をゼロにしたのは、恐らく国債保有する銀行の経営に配慮したのだと思います。日銀としても、自らの政策で銀行の経営が悪化したり破綻したりする事態は避けたいでしょう。そう考えると、日銀がイールドカーブを引き下げを実施する可能性は低いでしょう。


次に国債以外の資産購入ですが、資産が大量に流通しているものを購入することが望ましいと考えれば、最大の候補は米国債となるでしょう。日銀の外国債の購入は、為替介入を目的としない限り、法的にも問題はないようです。だから為替相場と関係なく購入するのであれば可能でしょう。

日銀が外債を購入することによって、まず市場へ円資金を供給することができる。加えて、外債を買う過程で円を下落させる効果がある。前者で現行の日銀の金融緩和政策にプラスに働き、後者で財務省が行う「為替介入」と同様の効果もある。

この為替介入であるが、財務省の権限ということになっているため、外債購入は「法律的に難しい」といわれることがある。しかし、あまり報道されていないことであるが、外債購入自体は日銀法上では「可能」ではある。日銀法40条1項では〈日銀は自ら、または国の代理人として、外貨債権の売買ができる〉となっている。

さらに、同条2項では〈為替相場の安定を目的とするものについては国の代理人として行う〉とある。つまり、日銀法上、日銀は自ら外貨債権の売買を行うことは可能だが、為替介入目的の場合は国(財務省)の代理人として行う必要がある。


日銀への大きな不満?為替介入を嫌がる財務省、その判断は間違いです(ドクターZ) | 現代ビジネス | 講談社 日銀への大きな不満?為替介入を嫌がる財務省、その判断は間違いです(ドクターZ) | 現代ビジネス | 講談社 日銀への大きな不満?為替介入を嫌がる財務省、その判断は間違いです(ドクターZ) | 現代ビジネス | 講談社



ただ、為替介入を目的としなくても、米国債購入を行うと結果として円安になるので、この点で米国が反対する可能性があります。
しかし一方で、最近各国で米国債が売られているという話もあります。

米国債市場の需要の源泉として、最も頼りになる存在の一つだった外国の中央銀行がこのところ、投資家にとって新たな不安要因になりつつある。
連邦準備制度が保管している外国中銀の米国債保有残高によると、中国や日本などの中銀は3四半期連続で保有を縮小している。これは過去最長の圧縮。縮小ペースはここ3カ月で加速しており、米国債利回りも同時に上向きつつある。


(中略)


連邦準備制度の保管データは海外中銀の保有縮小が一度限りの現象ではないことを裏付けている。米財務省の統計でも、中国は7月に米国債保有を1兆2200億ドルと、約3年ぶりの低水準に減らしたことが示された。日本やサウジアラビアなども今年、米国債保有を減らしている。
米国債の大口保有者が売却する理由はさまざまだが、いずれも各国の経済的困難に関係する。中国では景気減速による資本流出を受け、中銀が人民元相場を防衛するために米国債を売却。海外勢の米国債保有で2位の日本は、長引くマイナス金利で邦銀のドル需要が高まる中、米国債を現金や米財務省短期証券(TB)と交換している。
サウジアラビアのような産油国は、原油安による財政赤字の穴埋めのため米国債を売却している。サウジの保有は6カ月連続で減少し、965億ドルと14年11月以来の低水準。ナショナルオーストラリア銀行(NAB)の市場調査責任者ピーター・ジョリー氏は、原油安で産油国の「貿易収支は著しく悪化している」と述べ、これらの国の「米国債購入ニーズが大きく減っている」という意味だと指摘した。
中銀の米国債需要は10年物米国債利回りを0.4ポイント押し下げていると試算するモデルもあるだけに、その需要減少は7月に過去最低の1.318%を付けた米国の借り入れコストがようやく上向きつつある理由の1つを示している。


米国債市場の最大の買い手が異例のペースで売り、相場の転換点示唆か - Bloomberg 米国債市場の最大の買い手が異例のペースで売り、相場の転換点示唆か - Bloomberg 米国債市場の最大の買い手が異例のペースで売り、相場の転換点示唆か - Bloomberg



この記事にあるように、最近は中国やサウジアラビアばかりではなく、日本も米国債を売却しています。米国債売却は金利上昇を招き、米国に取ってもマイナスですから、日銀の米国債購入をこの事態への対策として打ち出せば、米国の容認を得られる可能性もあるでしょう。


最後に政府による国債の可能性を考えてみます。これについては財政再建を(表向きには)主張している財務省が強硬に反対するでしょう。だから財務省も納得できるロジックを考えなければなりません。
これについて、高橋洋一氏が興味深い提案をしています。この度、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典氏が日本の研究環境の悪化と予算不足を改善するよう訴えていますが*4、これに対して高橋氏は、「基礎研究と教育の財源を、税ではなく国債で賄う」ことを主張しています。

1年前の本コラムでは、研究が社会の役に立つのかどうかわからないが、まず支援するという「パトロン的な支援」がこの国には必要であることを強調した。

通常の公的支援では、集めた税金を官僚の裁定や事業仕分けを行ったうえで研究費として配分する。彼らは「選択と集中」を目指すのだが、そう簡単にできるものではない。

基礎研究にかかる今後の公的支援を考えるには、まず、経済成長が必要である。と同時に、従来の「選択と集中」に代わる原則として「パトロン的支援」が必要だ。その具体的策として、儲かっている企業や個人が大学の基礎研究に寄付して、それを税額控除する政策があげられる。

本コラムでは、それをさらに強化する政策を考えたい。じつは、これは筆者が在籍していた財務省ではひそかに伝承されているものだ。おそらく、少なくない財務官僚が先輩から話を聞いたことがあるだろう。

結論からいうと、「基礎研究と教育の財源を、税ではなく国債で賄う」というものだ。

ちょっと信じがたいかもしれない。あれほどまでに国債を忌み嫌い、国債残高が1000兆円となっていることを「財政破綻になる」と煽る財務省が、実は基礎研究と教育は国債発行で賄うと内部ではひそかに話している……そんなことはあり得ないと思うのが普通だ。


(中略)


その財務省でも、「基礎研究と教育の財源は国債で」と言い伝えられてきた。そのロジックは実に簡明。だから、財務省としてもまともに言われたら反論できないのだ(こうした話は、財務省では「筋のいい話」という。基礎研究と教育は「筋のいい話」だ)。

基礎研究や教育のように、懐妊期間が長く、大規模で広範囲に行う必要のある投資は、民間部門に任せるのは無理があり、やはり公的部門が主導すべきである。

その場合、投資資金の財源は、将来に見返りがあることを考えると、税金ではなく国債が適切であるのだ。

「知識に投資することは、常に最大の利益をもたらす(An investment in knowledge always pays the best interest.)」というベンジャミン・フランクリンの名言もある。

特に、教育は将来の所得を増やすことを示す実証分析結果は数多い。例えば、高等教育は将来所得増、失業減などで、便益/費用は2.4程度。これは、現在の公共事業採択基準を軽くクリアしている。国債発行で教育を賄い、教育効果の出る将来世代に返してもらうと考えればいいのだ。


日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!(郄橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3) 日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!(郄橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3) 日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!(郄橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)



このように急いで予算を回さないと日本の研究や教育がダメになり、しかもそれが日本の未来にとって効率の良い投資となるのであれば、国債発行の大義名分も立つでしょう。この記事の後半で高橋氏も指摘していますが、この国債を発行すれば、日銀は「イールドカーブ・コントロール」のためにそれを買うことになり、金融緩和も実現します。
同じように国債発行をすべき分野は、災害復興や、老朽化したインフラの整備や作り直しなど、いろいろ考えられるでしょう。このような分野で国債を発行すれば、それが「イールドカーブ・コントロール」によって金融緩和にもなるので、インフレ目標達成や景気対策にも大きな効果があるでしょう。
このような財政政策を行えば、10 年物国債金利と長期国債の買い入れ増加額の目標が矛盾することもなくなり、金融政策への信頼も回復すると思います。


日銀が今回発表した「総括的な検証」でも、インフレ目標を達成できなかった要因の一つとして消費増税が挙げられていました。消費増税はいわば「逆財政政策」というべきものですから、その是正を財政政策で行うことは筋が通っていると思います。日本には予算を回すべき分野が多く、金利が急騰するという懸念も今回の「イールドカーブ・コントロール」でなくなっているのですから、政府はもっと国債を発行すべきだと思います。

*1:この矛盾については、バーナンキFRB議長も指摘しています。The latest from the Bank of Japan」、日本語訳「2016-09-22_ベン・バーナンキ「日本銀行の最新発表」 - Google ドキュメント

*2:ただし、今回の決定でもインフレ目標達成を目指して金融緩和を続ける方針は維持されていますので、金融緩和の終了を目的として金融緩和の減額を行うテーパリングではありません。今回の日銀の措置がテーパリングだとする報道や意見もありますが、それは間違いだと言って良いでしょう。

*3:イールドカーブ・コントロール

*4:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161012/k10010727171000.html 」、「http://www.asahi.com/articles/DA3S12592410.html」、「「日本発のノーベル賞は減っていく……」 科学界に不安が広がる理由:バズフィード・ジャパン