Baatarismの溜息通信

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麻生外相のWSJへの寄稿と中国の反応

2月にNew York Times紙の社説が麻生外相を批判したことに対抗して、麻生外相がWall Street Journal紙に論文を寄稿しました。和訳が在ニューヨーク総領事館のページにあります。


「日本は民主的中国を待つ(Japan Awaits a Democratic China)」(麻生太郎外務大臣投稿)


日々チナヲチ」さんによると、この麻生論文に対して中国は次のように反論しているようです。

 ◆質問「日本の麻生外相が先日『WSJ』に『日本は民主的中国を待つ』との署名論文を発表しました。中国がかつて大躍進や文化大革命といった誤った政策を実施し、現在に至るまで理想と現実のバランス点を見出せないでいる。中国は早晩民主国家になるだろう。中国は日本が過去に犯した過ちを教訓に国内の民族主義的空気を抑え、『帝国化』することを回避すべきだ。……としています。この点に関して中国側のコメントをお伺いしたい」

 ◆回答「中国の特色ある社会主義を建設するというのは中国人民が自ら選択したもので、中国の国情に符合している。中国の発展は中国人民に幸福をもたらすだけでなく、アジアと世界の平和、安定と発展に重要な貢献を果たすことになる。日本の外交当局の最高責任者が中国の政治制度についてとやかく言うのは、極めて不穏当なことだ。中国は国と国の関係は互いに尊重し平等に相対するべきで、一方が教師面をすることに反対している。皆さん周知の原因により、日本の過去における過ちが他国にとって参考になることはない」


ファンタジスタが新ネタ連発、そしていよいよ神光臨か? - 日々是チナヲチ。


恐らく中国は麻生論文の中でも、特に次の部分に強く反発したのでしょう。

非常に重要なことに、中国は日本が行った過去の失敗の経験から学ぶことができる。日本は、20世紀の間に極端なナショナリズムを2度経験した。一つの象徴的な出来事は、1964年の東京オリンピック開幕の直前に起こった。ある日本の十代の若者が、当時のライシャワー駐日大使を刺したのである。当時、日本人の感情は、米国のパワーと影響力を前にして高揚していた。北京の指導者たちは、このような日本の経験から教訓を学び、ナショナリズムの高まりをよりよく制御することができるだろう。*1


「かんべえの不規則発言」の1月4日の日記によると、麻生外相は日本の果たすべき役割を「実践的先駆者、Thought Leader」というコンセプトで語っており、上記の文章もその認識に沿ったものなのでしょう。


外務省: わたくしのアジア戦略 日本はアジアの実践的先駆者、Thought Leaderたるべし 外務大臣 麻生太郎


しかし、上記の中国の反応を見ると、中国はこのコンセプトには反発しているようです。「日本の過去における過ちが他国にとって参考になることはない」という言葉が、このコンセプトに対する強い嫌悪感を示しているように思います。
ポスト小泉内閣で麻生氏が首相か外相に就けば、この「実践的先駆者、Thought Leader」というコンセプトは次期政権の外交において重要な概念となるでしょう。しかし歴史的に自分がアジアのリーダーだと考えている中国としては、いかなる意味でも日本が「リーダー」の役割を果たすことは認められないのでしょう。そのためこの「実践的先駆者、Thought Leader」というコンセプトを巡って、日中間で論争が起こるように思います。そしてその論争の判定をするのは欧米、特にアメリカなのでしょう。今回、New York Times紙とWall Street Journal紙というアメリカを代表する新聞を舞台にして論争が行われたことは、その始まりなのではないかと思います。


ただ「日々チナヲチ」で最近の中国上層部の動きを見てると、1930年代の日本で政治が混乱して軍が影響力を強めたことに似たことが、現在の中国でも起こっているように思います。人民解放軍ナショナリズムの色彩が強く対外強硬論が強いですから、軍の影響力が増すことは中国の外交的孤立に繋がるでしょう。それを防ぐためにも、中国にはかつて同じような経験をした日本の1930年代の歴史に学ぶことができるはずだ思うのですが、先のコメントから考えると、中国はそのプライドが災いして日本の軍国主義の経験から学ぶことができないのでしょう。
中国がこの先、かつて日本が経験したような破滅に陥らないことを祈るばかりです。

*1:話は外れますが、麻生外相が1960年代の左派的な運動をナショナリズムの高まりと認識していることは興味深いですね。