消費者物価指数は間違ってる?
最近、原油や農作物の価格の上昇に伴い、食料品やタクシーなどで値上げのニュースが報じられていますが、このような値上げを理由に、消費者物価指数は信用できないという話が出ているようです。
例えば、次の記事のように、技術革新が速いデジタル製品の指数が消費者物価指数を押し下げていて、食料品などの価格上昇を消費者物価指数は反映していないという話があります。
ところが、経済指標にこの値上がりがすぐには反映されない。全国消費者物価指数(生鮮品を除く)は8月まで7カ月連続で前年同月比マイナスだ。
一方では、日本銀行が先週発表した生活意識アンケートで、6割の人が1年前に比べて物価が「上がった」と答えている。生活実感と経済指標がかなり食い違ってきている。
消費者物価指数には落とし穴がある。
下落の最大の要因は、薄型テレビやパソコン、デジタルカメラなど技術革新が速いデジタル製品の指数が、1年前より2〜3割下がっていることだ。製品の性能が向上すると「価格下落」とされることがあるのだ。たとえば、性能が2倍となったパソコンの新製品が旧製品と同じ10万円で売られたら、指数では半分の5万円へ下落とみなされる。
とはいっても、性能向上が指数計算のように家計の負担を軽くしてくれるとは限らない。たまに買うパソコンの値下がりの恩恵よりも、日常的に買う食品や生活用品の値上がりの影響の方が、多くの家計にとって重いだろう。低所得の世帯ほど日用品の負担は大きい。
生活実感が物価指数と食い違うのにはそんな事情がある。
小泉政権以来、政府は「デフレ脱却宣言」をめざしてきた。消費者物価指数をプラスにしようという目標だ。
物価下落が続いてきたため、企業も小売店も値上げを打ち出しにくいムードが強かった。最近の値上げラッシュが、それを方向転換させるのかどうか。
政府も日銀も、物価と景気の見方を変えた方がいいかもしれない。「二極化した物価」は、より複雑で高度な政策運営を求めているようにみえる。
http://www.asahi.com/paper/editorial20071008.html#syasetu2
≪統計は無反応≫
一方で5月のCPI(生鮮食品を除く)は前年同月比0・1%減とマイナスのまま。先行きについても、物価の番人である日銀は「目先、ゼロ%近辺で推移する」とみている。
総務省が取りまとめているCPIは「食料」「衣料」「保健医療」「通信」「娯楽」「家電」「家賃」など計584項目に上る商品やサービス価格を集計し数値化したもの。このうち天候による価格変動が大きい生鮮食品61品目を除いた数値が、日銀の金融政策の判断などに影響を及ぼす統計として重要視されている。
物価が上がらない理由として、日銀は「物価の反応が鈍くなっている」と分析する。製品や労働力の需給が逼迫(ひっぱく)してきているのに、賃金の上昇が抑えられ、価格への転換が進まなくなっていることなどが原因といわれている。
また、「原油価格は対前年比でみると、昨年の春から夏にかけての方が大きく高騰しており、今年はその反動で対前年比の上昇率が小さくなっている」(民間エコノミスト)という特殊要因もある。
≪家電値下がりが“犯人”≫
だが、違和感の原因は、それだけではなく、意外なところに隠されていた。日銀幹部は「家電など耐久消費財の値下げ幅が大きく、他の多くの品目の価格上昇を飲み込んでしまっている」と指摘する。
実際、CPIのうち冷蔵庫、電子レンジなどの「家庭用耐久財」は5月が6・0%のマイナス。テレビ、パソコン、ビデオカメラなどの「教養娯楽用耐久財」は18%も下落している。
「購買頻度の多い食料品や生活用品が値上がりする一方で、年間の平均購入頻度が0・5回以下と少ない耐久財は大きく値下がりしている。これが、庶民感覚と統計の違和感につがっている」
第一生命経済研究所の熊野英生主席エコノミストは、こう解説する。
家電をめぐっては、最大手のヤマダ電機が13日にビックカメラが本店を構える東京・池袋に進出するなど、安売り戦争の激化は必至。庶民の違和感がさらに高まると同時に、物価をめぐる日銀の判断も困難さを増しそうだ。
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200707170034a.nwc
このように新聞で解説されると「そうなのかなあ」と思いがちですが、id:kmori58さんのhttp://d.hatena.ne.jp/kmori58/によると、デジタル製品の価格が含まれる「教養娯楽関係費」のカテゴリーを除いた消費者物価指数を見ても、やはり指数は下がっているそうです。
では、そういった「技術革新の速いデジタル製品」の影響を除いた物価指数を出してみて、物価が上がっているか下がっているかを調べてみればいいのでは?というわけで計算してみた。
2006年7月の物価と、2007年7月の物価を比べることにする(データは統計局のこのあたりからたどれる)。
テレビ、パソコン、デジタルカメラなど性能向上の著しい製品は「教養娯楽関係費」というカテゴリーにまとまっているので、このカテゴリーを丸ごと除いて比べてみれば良い。
結果はこうなった。
項目 2006年7月 2007年7月 変化率 生鮮食品を除く総合(a) 100.1 100.0 -0.1% 食料とエネルギーを除く総合(b) 99.6 99.1 -0.5% (a)から教養娯楽関係費を除く 100.2 100.3 +0.1% (b)から教養娯楽関係費を除く 99.7 99.4 -0.3% というわけで、上昇の著しいエネルギー価格を含めた状態でかろうじてプラス0.1%のインフレ率になるだけ。食料とエネルギーを除いたもので行くとやはり-0.3%のデフレであった。
国内経済に対する影響でいうと、輸入がそのほとんどを占めるエネルギー価格の上昇はインフレではなくデフレ圧力となるので、通常は除くエネルギーを見るべき。さらに、韓リフ先生のところで以前指摘があったように日本の消費者物価指数は1%程度の上方バイアスがあるので、エネルギー価格を含めた指数でも本当のところはマイナスだろう。
http://d.hatena.ne.jp/kmori58/20071010/p1
だからデジタル製品の価格を除外しても、なおデフレは継続しているということになり、先の記事は間違っていることになります。
こんなちょっと調べればおかしいと分かる仮説を根拠にして、消費者物価指数への疑念を記事や社説にするのは、「指数では捉えられないインフレが進んでいる」とインフレへの不安を煽る方が世間の注目を浴びるからなんでしょうね。この手のインフレ恐怖症は経済政策を歪めるだけだと思うんですが。