Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

サブプライムからマキアヴェッリへ

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)などメガバンク3行は21日、米低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題への対応策の一環として協力を要請されていた「米サブプライム支援基金」への融資枠提供の見送りを正式に決めた。

 基金側は今後、融資枠の金額を引き下げるなど条件変更し再度協力を求めてくる可能性が高い。基金には焦げ付きリスクもあるだけに3行とも警戒ムードは消えていない。

 基金が3メガバンクへ50億ドルの大規模な資金提供を要請した今月中旬以降、三菱UFJFG、三井住友FG、みずほFGの3行の株に売り注文が殺到。株価は軒並み15%前後下落、3行が協力要請を見送る方針が伝えられた20日まで株価低迷が続いた。あるメガバンクでは今月中旬以降、連日アナリストや株主から「要請に応じれば株が売られる」との電話による“警告”が相次いだ。市場が拒否反応を示すのは「邦銀は欧米金融機関に比べサブプライム損失が軽微なのに、なぜわざわざリスクの高い基金に参加するのか。経済合理性がない」(幹部)という理屈だ。【坂井隆之】

http://mainichi.jp/select/biz/subprime/news/20071222ddm008020067000c.html

【ワシントン斉藤信宏】シティグループバンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェースの米大手3銀行は21日、低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)の焦げ付きで経営難に陥った投資目的会社(SIV)を救済するための「サブプライム支援基金」の設立を断念すると発表した。

 基金は大手3行が、米財務省の働き掛けに応じる形で、10月に設立の方針を発表。最大1000億ドル規模の基金として準備を進めてきた。基金がSIVが保有する価格の下落した証券化商品などを買い取り、金融機関の損失を補てんすることで、金融市場の不安を解消する狙いだった。

 しかし、シティなどは傘下のSIVを自社の連結対象に加えて自力救済する方針に転換。市場でも「基金は、不良債権を隠すための巧妙なトリックだ。市場の信頼回復を遅らせる」(米エコノミスト)と、基金設立の意義が薄れていた。

 また、三菱UFJフィナンシャル・グループなど日本の3大金融グループにも基金への協力要請があったが、日本側は協力見送りを決めていた。

http://mainichi.jp/select/biz/subprime/news/20071222dde001020005000c.html

日本の3大メガバンクが「サブプライム支援基金」への参加を断念しましたが、その大きな理由は株価低下を恐れる株主の反対だったそうです。また、アメリカでも基金が問題の透明性を損ねるとの懸念があり、結局断念することになったようです。これを見ると、日米とも「株主主権」や「透明性」といった「市場の民主化」が進んだことが、却ってサブプライム問題の解決を妨げているように思えます。


一方、サブプライム問題で大損害を受けた金融機関へ莫大な出資を行っているのは、中国、アラブ産油国シンガポールといった、非民主的な国のSWF(政府系ファンド)です。*1このような非民主的な国では株主の意向や透明性を気にすることなく、政治的な理由でサブプライム問題の救済に走ることができるのでしょう。


このような動きを見ていて、塩野七生の「海の都の物語」(下巻P288)で引用されていた、マキアヴェッリの「政略論」の言葉を思い出しました。

共和国で行われている政治上の手続きは、実にゆっくりしたものであるのが普通である。立法にしても行政にしても、どんなことでも一人で決めることはできず、たいていのことは、他の何人かと共同で行う仕組みになっている。それで、これらの人々の意思の統一をはかるのに、かなりの時間が必要になってくる。このようにゆっくりした方法は、一刻の猶予も許されないという場合、非常に危険なものになる。だから、共和国は、このような場合のために、(古代ローマのような)臨時の独裁執政官のような制度を、必ず作っておかなければならない。
ヴェネツィア共和国は、近年の共和国としては強力な共和国である。そこでは、非常時には、共和国国会や元老院での一般討議にかけずに、権限を委託された少数の委員の間で討議するだけで、政策を決定する方法を採ってきた。このような制度の必要性に目覚めない共和国の場合、従来のような政体を守ろうとすれば、国家は滅びてしまうであろうし、そうかといって国家の滅亡を避けようとすれば、政体そのものをぶち壊さなくてはならないという壁に、必ず突き当たるものなのである。

この言葉で指摘されているように、サブプライム問題のような一刻の猶予も許されない問題では、株主や市場や議会や世論のような多数の人々の合意を得る必要がある方法は、時間がかかりすぎるためにうまく機能しないのでしょう。


もちろん、民主主義国もこのような問題点に気づいていなかったわけではないでしょう。経済面で言えば、中央銀行が独立性を有している理由の一つは、正に「一刻の猶予も許されない問題」に迅速に対処することでしょう。今回のサブプライム問題への対処で欧米の中央銀行が中心となっているのも、彼らが民主主義的な(時間のかかる)制度の枠外で行動できる権限を与えられているからだと思います。
ただし、中央銀行古代ローマの臨時独裁執政官や16世紀のヴェネツィア政府のように全権を与えられているわけではなく、法律でその権限は制限されています。だから、個々の銀行に強制的な資本注入をするといった行動はできないのでしょう。
もしアメリカに、護送船団時代の日本の大蔵省のように、事実上民主的な制限の枠外で銀行の行動を左右できる政府機関があれば、もっと効果的な対処が取れるのでしょうね。ただ、単一の中央銀行すら設立できなかったアメリカが、そのような機関の設立を許すとも思えませんが。
ただ、そのような「非民主的」な政府機関がないと、結局「民主的な」政府や市場は問題に迅速に対処することができず、迅速に対処できる「非民主的な」国家の支援を仰ぐことになってしまうのでしょうね。これは「国家の滅亡」とまでは言えないかもしれませんが、いずれ民主主義国家の危機に繋がるのではないかという懸念を抱く人は、日本であれアメリカであれ少なくないと思います。

*1:SWFそのものはノルウェー、オーストラリア、韓国などの民主主義国にもあるようですが、今回のサブプライム危機では目立った動きはないようです。もし日本でSWFを作っても、同様になるでしょうね。