Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日銀の勝利

今回、白川氏が総裁に昇格するかどうかは知らないけど、結局この一連の動きではっきりしていることは、日銀はここ十数年の経済運営の失敗の責任を全く取らされることもなく、しかも日銀出身者が立て続けにその組織の長のポストを得るという果実は死守したわけで、日銀職員にとってみれば組織防衛として非の付け所のない成果を得たということだろう。


しかも、本来であれば経済政策運営のパートナーであるべき財務省や政府の意向を無視することで、逆説的に「中央銀行の独立性」という大義名分を振りかざすことに成功した。そしてマスコミもこのキャンペーンに乗った。


つまり、日銀は政府や財務省に経済政策の方向性を常に「先出し」させているわけだ。政府や財務省の方針に従えば「独立性が脅かされた」と言い張れる、それに従わなければ「独立性を守った」というポーズが取れる。つまり常に「後出しじゃんけん」ができるということ。勝つか、負けるか、引分けるかを選ぶ権利は常に日銀にある。


つまり、自分の望む方向であろうがなんだろうが、とにかく経済政策運営をデッドロック化しさえすれば、日銀の独立性は本末転倒な形で守られることが判明したわけで、政府が継続してデフレ脱却を目指すと「先に」表明している限り、日銀はこの政策運営のデッドロック化をやめるインセンティブを持たなくて済むということを意味する。


この忌むべき組織防衛を可能にした民主党の罪は重すぎる。さらに、国会同意人事衆議院の優越を規定してなかったという与党のアホさもさることながら、中央銀行の独立性を「手段」に限定しなかった日銀法改悪の責任について当時の与党はもっと責められるべきだ。つか、とっとと日銀法改正しやがれ。

日銀一人勝ち - I 慣性という名の惰性 I



このid:ryozo18さんの記事によると、今回の日銀総裁人事を巡る政局で勝利したのは日銀そのものだということです。確かに、今回の政局では、政府・自民党民主党はどちらも批判され、政局混乱の責任を追及されています。また、財務省民主党の「財金分離」=「財務省出身者は日銀執行部ポストから排除」という理不尽なの主張の前に、総裁ポストをあきらめざるを得ませんでした。これら三者はみんな負け組と言えるでしょう。
しかし、日銀も総裁空白という異常事態を余儀なくされ、政争の犠牲となったという見方が、世間では一般的でしょう。その日銀が何故勝ち組なのでしょうか?


これを理解するには、日銀の伝統的な体質を理解しなければなりません。
このブログでも先日ご紹介した高橋洋一氏の「さらば財務省! 官僚すべてを敵にした男の告白」に、この体質についてまとめられています。

なぜデフレでも日銀はお金を増やさないのか。突き詰めれば、それは日銀に染みついたDNAに起因する。ハイパワード・マネー*1を増やすには日銀が国債を購入しなくてはならない。国債の購入は、日銀にとっては大蔵省への屈服、敗北を意味する。日銀の強烈なエリートとしての矜持が、それを許さないのだ。
根は深い。戦前、軍備拡張路線を受けて日銀は国債を際限なく引き受け、そのつけで終戦後、ハイパー・インフレとなった。いわば羮に懲りて膾を吹くあまり、経済合理性とは関係なく、組織のDNAとして国債は買わない。国債引き受けは、日銀の屈辱の歴史なのだ。
いってみれば、日銀のつまらない面子のせいで日本はいつまでもデフレから抜け出せないのである。


さらば財務省! 官僚すべてを敵にした男の告白」(p57-58)



今回の政局で民主党は、財務省出身者が日銀執行部ポストに就くことだけではなく、日銀による国債購入のオペレーション(買いオペ)も批判していました。

民主党国会同意人事検討小委員会委員長の仙谷由人衆院議員は11日、衆院で行われた武藤敏郎日銀総裁候補などへの所信聴取後、国会内で記者団に対し「武藤氏に対するわれわれの疑念を払しょくするには至らなかった」と述べ、「聴取後も武藤氏に対する私自身の評価は変わらない」と述べた。


(中略)


ただ、仙谷氏は、日本銀行がオペレーションとして毎月1.2兆円の長期国債買い入れを行ってきた問題点を指摘。日本銀行のバランスシート悪化につながっているのではないかとただしたが、武藤氏からは明確な答えはなかったという。

日銀総裁候補の所信聴取で武藤氏への疑念払しょくされず=民主・仙谷氏 | ビジネス | Reuters



このように、日銀から財務省出身者を排除し、日銀による国債買い入れを拒否しようとする考え方は、正に高橋氏が指摘している「日銀に染みついたDNA」そのものです。
今回、民主党が同意しなかった人事を見ても、武藤敏郎、田波耕治の両氏は財務省出身者だったために拒否され、伊藤隆敏氏はデフレ脱却のため日銀による国債買い入れに積極的だったため拒否されたのでしょう。
もちろん日銀内部にもこのような「日銀に染みついたDNA」にこだわる人も、あまりこだわらない人もいるのでしょうが、今回の民主党の主張を見ていると、「日銀に染みついたDNA」にこだわる人物が民主党の考え方に大きな影響を与えて、今回の日銀人事を巡る政局を作り出したと考えられます。


そのような人物として、僕が第一に挙げたいと思うのは、今回の政局にも深く関わった、民主党大塚耕平参院政審会長代理です。彼は元々日銀出身であり、以前からインフレターゲット国債買い入れには批判的な人物でした。

大塚耕平


(中略)


 そこでお伺いしたいんですが、現在、先ほど入澤先生の御質問にありましたが、インフレターゲティングの議論が行われているわけであります。インフレターゲティングというのは、私はその二番目の期待に働きかける政策だと思っていますので、先ほど申し上げましたように、既に十分に期待に働きかける政策は行われている、したがってインフレターゲティングを採用することは現時点では適当ではないと私は考えております。
 あれこれ申しませんが、日銀も、中長期的に望ましい物価上昇率の数値化が難しいとか、あるいは実現するための手段がないとか、それから先ほど総裁もおっしゃいましたが、インフレを抑制するためのターゲティングはあっても、デフレを上げるためのターゲティングはないというような、いろいろ言っておられますが、現時点ではもっともな御主張だと思います。ところが、最近私なりにメディアを通して、半年前までは生で聞かせていただいていたわけですが、最近はメディアを通して日銀の御主張を伺っていますと、最近の政策決定会合に関する資料や、正副総裁や審議委員、理事の御発言を聞いておりますと、ちょっと揺らぎが出てきているんではないかなと、こう思うわけであります。
 例えば、日本銀行は既に現在の金融緩和の枠組みを消費者物価上昇率が安定的に〇%以上となるまで続けると宣言しており、これはデフレを許容しないという日本銀行の強い姿勢を具体的な数値で示したものであり、事実上インフレターゲティングと同じようなねらいを持っていると、こういう表現を使い始めておられるんですね。こういう展開になると、これまでの中央銀行の歴史を、特に日銀の歴史を振り返ると、先々、事実上インフレターゲティングと同じことをやっていたのだから、実際に導入しても問題はない、この際導入しますということになりはしないかなと、そういう感じがしているわけであります。
 先ほども申し上げましたように、幾つも理由を挙げて導入に反対しておられるわけですから、市場関係者や国民がなるほどなと思えないような理屈で、これまでの反論の論旨を言ってみればほごにしてさっと導入して、方針を百八十度変えるというようなことがないようにぜひしていただきたいなと。中央銀行の信頼性を著しく損なうわけでありますし、信頼性を失った中央銀行ほど厄介なものはないと、こう思っております。
 そこで、ぜひ総裁にお伺いしたいのは、インフレターゲティングを導入することはないと考えていいかということでありますが、それとあわせてもう一つお伺いしたいので、ちょっとお待ちいただけますか。インフレターゲティングについては、グリーンスパンFRB議長も、先週、あちらの連銀の会議でよくないとはっきり発言しておられますので、ぜひこの点については総裁のお考えをお伺いしたい。
 あわせてもう一個お伺いしたいのは、先ほど整理した第三の政策手段のうち、購入資産の多様化という意味で、これまで慎重であられた審議委員の一部の方もちょっと発言の内容が変わってきておられる。例えば、田谷委員が十月四日の静岡での講演で、大胆かつ柔軟な政策に踏み出す局面というような御発言をされておられるわけであります。大分様相が変わってきたなと。
 総裁にもう一つお伺いしたいのは、国債購入の増額に対して、これ以上の増額はないというふうに考えていいかということであります。結局、日銀の金融緩和によるマネーは、私もかなりの部分がマネーフロー的には結果として国債ファイナンスに回っているというふうに思っておりますので、国債購入額の増加には極めて慎重であるべきだと、こう考えているわけであります。
 したがって、ぜひ総裁にお答えいただきたいのは、インフレターゲティングに対するスタンスと、それから国債購入総額の増額に対するスタンス、この二点について御回答いただきたいなと思っております。

参議院会議録情報 第153回国会 財政金融委員会 第3号



このように考えると、むしろ日銀の中の「日銀に染みついたDNA」にこだわる勢力が大塚耕平氏を通じて民主党の内部にそのシンパを増やし、その結果、民主党は今回の政局を作り出したように思えます。つまり民主党も日銀内部の保守的な勢力にまんまと利用されたというわけです。
この考え方だと、少なくとも日銀内部の保守的な勢力は、今回の日銀人事を巡る政局における勝ち組であると言えるでしょう。


さて、今回の政局の結果、日銀に対する財務省の影響力は大きく減少するでしょう。また、政府の影響力も、それが自民党であっても政権交代後の民主党であっても、日銀の独立性の壁に阻まれて、大きく制限されるでしょう。さらにマスコミも自民党民主党財務省は大いに批判しますが、日銀への批判は及び腰です。
だから、今後の日銀は誰からも影響を受けることなく、独立性の壁の中で好き勝手に金融政策を行うことができるようになります。そしてその結果、デフレが進んでも、誰も日銀を批判したり責任を追及することはできないでしょう。
歴史的に見て、このように誰にも責任を取らなくて済む組織は、腐敗したり暴走したりして、社会全体に災厄をもたらすことが多いです。日銀もそのような組織へと墜ちてしまうのでしょうか?

*1:ブログ注:日銀が市場に供給するお金