Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日銀の勝利の行く末は?

昨日のエントリー「日銀の勝利 - Baatarismの溜息通信」に対して、id:bewaadさんからご批判をいただきました。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってのはいかがなものかといいますか、不正確な日銀批判は正確な日銀批判の信頼性を損ないかねません。以前書きましたが、日銀役職員の多くは武藤総裁実現を好意的に評価していたとwebmasterは見ていますし、この観察についてはbewaad氏の知り合いの日銀マンはかなり筋が良い*との評価をbank.of.japanさんからもいただいております。政府から押し付けられた人事だとして武藤総裁案を葬り去るために日銀役職員が暗躍していたなどという話もwebmasterは聞いたことがありません。


#仮に国債買入れを忌避するのが「日銀に染み付いたDNA」であるとしても、現下の霞が関・永田町の力関係を慮れば、日銀にとって脅威なのは財務省よりも自民党中川秀直議員など)であるに決まっています。逆に後述のような武藤前副総裁が日銀において発揮してきた力量・機能からすれば、そのような自民党対策上、武藤前副総裁が総裁になれずに日銀を去ったことは大いなる痛手でしょう。


願いどおりにはいかなかったとして、では結果論としては日銀にとってよかったのでしょうか? webmasterは必ずしもそうは思いません。というのも、そもそも政局のネタになったこと事態が、日銀にとっては大いなる問題なのです。総裁空白それ自体よりも、そのような事態に至った経緯こそが、とも言えましょう。


日銀役職員で国会関係の作業に携わったことのある人からは、これほど国会に総裁が呼び出される中央銀行は他にはない、という嘆きをよく聞きます。統計データはwebmasterは知りませんが、感覚からいってまあそんなところでしょう。これは日銀という組織にとって、国会対応作業がそれなりの負荷として認識されていることを指します。


運用上、旧日銀法時代から現行日銀法にそれほど引けをとらない独立性が確保されていたわけですが(詳しくは上川龍之進「経済政策の政治学」をご参照ください)、法形式としては大いに変わり、それがために日銀総裁らは国会へより関わらざるを得ない状況になっています。他方でそのような状況になって以来10年程度、まだまだ組織的に国会対応のノウハウは蓄積されていません。上述の日銀役職員の武藤前副総裁に対する評価は、そうした日銀役職員が苦手とする、しかしながら逃げることが許されない分野において、きちんと結果を出してきたことに部分も少なくありません(「きちんと」というのが、あくまで日銀にとっての評価ではあるにせよ)。


翻って今般、日銀総裁は完全に政局のネタとなり、仮に白川副総裁が総裁になるにせよ、その任期中はこれまで以上に国会に振り回されることは確実です。民主党は自らの持つパワーを自覚しそれを高度の自律なく振り回すでしょうし、自民党は白川総裁を「民主党に飲まされた人事」として鬼子扱いし、何かあっても(たとえば福井総裁の村上ファンド問題のようなスキャンダル)それほど力を入れて守ろうとはしない可能性が極めて高いと考えられます。


そんな中で、国会対策において頼りになった武藤前副総裁はもういません。今頃、日銀幹部や国会担当者は、今後いかなる難局が押し寄せるかを想像するだけで頭が痛い状況でしょう。確かに大塚耕平議員は日銀出身ではありますが、彼/女らが「大塚の野郎、傍流出身者が余計なことしやがって」ぐらいのことを思っていたとしても、webmasterにとって不思議ではありません。


まして総裁人事は、それが白川副総裁の昇格であれば、ryozo18さんやBaatarismさんのような見方をされてしまうのは不可避で、それはそのまま今後の国会において議論を呼ぶ材料となります。このような総裁人事に日銀が主体的に臨むインセンティヴは考えがたく、仮に動くことがあるとしても拒否権的なものにとどまるでしょう(○○氏だけは勘弁願えませんでしょうか、のような)。マネタリーやプルーデンスといった政策の内容が議論になるのは当然と考えるにせよ、総裁人事で国会対応が増えるというコストに見合うどういった便益が白川総裁にはあるというのでしょう?


結局のところ日銀役職員にとっては、総裁人事決定プロセスは、

  • 自分たちが許容できる人選で、
  • 自民党の主導によって定まり(=後々まで自民党任命責任を自覚してくれるよう)、
  • 野党とも波風立たぬように決まる、



ものであってほしいはず。今般のプロセスが白川副総裁の昇格で終わったとしても、満たされるのはせいぜいが第1の条件で(国会対応を考えると、プロパーの白川副総裁よりもむしろ財務省出身の武藤前副総裁の方がよい、と考える人も少なくなさそうな。つまり、日銀にとって白川副総裁はまさしく副総裁として歓迎すべき者で、総裁としてはどうかと思う人はそれなりにいることでしょう)、第2・第3の条件はまったく満たされていません。


単純に、プロパーが総裁になったから日銀役職員は歓迎しているはず、というのはいかにも単純すぎ、組織防衛の観点からも以上のとおり日銀にとっては苦い現状であるとwebmasterは思うのですが、いかがでしょうか?

http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20080408/p1



確かに昨日のエントリーを読んで、陰謀論と受け取られる方がいても仕方ないかとは思います。僕自身も陰謀論っぽいとは思いますから。w
ただ、今回の日銀政局で民主党が行った「日銀からの財務省出身者排除」や「日銀による国債買い入れを拒否」という主張は、元々民主党にあった考え方とは思えません。その一方、そのような考え方が日銀の内部に伝統的にあったことは確かですし、今回の政局で重要な働きをした日銀出身の議員(大塚耕平氏)が、昔からそのような考え方の持ち主であったことも確かでしょうから、これらの事実をつなぎ合わせると、今回の民主党の主張の根源は日銀にあったと考えるのが妥当だと思います。
もちろん、最初から2008年度の日銀総裁選出を狙って民主党内の工作を行ったというのは考えすぎでしょう。当初は民主党内で日銀の伝統的な考えに対する理解者を広げるという活動だったのが、昨年の参院選での与野党逆転によって、日銀総裁選出への影響力を手に入れることになったのでしょう。その先は特に暗躍しなくても、民主党内に広まった日銀の伝統的な考えと、政府与党への対決姿勢を主張していくだけで良かったと思います。
日銀内部の保守的な勢力にとっても、昨年の参院与野党逆転は僥倖だったのでしょう。あまりにもタイミングが良すぎましたから。


もちろん日銀全体がそのような考え方であるとは思えませんから、武藤総裁の実現に期待し、「大塚の野郎、傍流出身者が余計なことしやがって」と思っている勢力もいると思います。今回の日銀政局は、日銀内部の勢力争いが、自民党民主党財務省などの外部勢力を巻き込んだ結果、起こったとも考えられますね。


ただ、bewaadさんの意見を読んで、陰謀論とは別のところで、僕の意見に対する反論になっているのではないかと思うところがありました。
僕は、今回の政局の結果、日銀は誰からも影響を受けない状況を手に入れ、今後はいくら暴走しても誰もそれを止められないと考えていました。ただ、bewaadさんの意見の国会対応の下りを読んで、今後は日銀の行動に対する国会の監視は厳しくなるかもしれないと思い直しました。皮肉なことに、独立性を強化したことで、これまでのような政府自民党財務省の影に隠れた責任逃れは難しくなるのかもしれません。(「後々まで自民党任命責任を自覚してくれるよう」という言葉には、そのような甘えが潜んでいるように思えます)
ただ、現在の国会では金融緩和を求める勢力と金融引き締めを求める勢力が混在しているので、日銀の行動に対する国会の監視が厳しくなった場合、日銀は緩和にも引き締めにも動けなくなるのかもしれません。そうなると、僕の日銀暴走シナリオは否定され、むしろ日銀は機動力を失ってしまうことになります。
どっちになるのかは僕にもまだ分かりませんが、どっちにしてもあまりぞっとしない未来ですね。w