2008年の中国と1938年の日本
■前回エントリーで、中国の超有名サイトの「アンチCNN」の方からいただいたコメントは興味深かった。というのも、中国で突如燃え上がった「アンチCNN」世論、そしてこれに対して南方都市報論説委員の長平氏が4月3日に同紙に発表した「報道統制」に関する呼びかけの論評、それを受けての「長平は売国奴!」といった反論など、最近の一連の偏向報道と報道統制を巡るネット上の議論は、私のような?偏向報道記者?にはいろいろ深く考えさせられることがあったのだ。
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/542995/
(中略)
■まず、アンチCNNサイトについて紹介しよう。前回のエントリーで、アンチCNNサイトからいらっしゃったLiuyichen さんから中国語のコメントをいただいた。ここのブログの公用語は日本語なので、読めね〜とフラストレーションがたまった人がいたかもしれないので、これも翻訳して紹介。コメントの翻訳って、省略とかスラングとかがあって結構むつかしいのだ。間違っていたら御免。
(中略)
■さて、このアンチCNN、というのは、最初、CNNのチベット騒乱事件報道の中で、明かな虚偽、意図的なバイアスを見つけた華人留学生がブログや掲示板で発言。問題のシーンなどを編集した動画を動画サイトに投稿して、華人社会で盛り上がり始めた。その後、23歳の北京在住ネチズンが、上記のサイトをたちあげ、BBC、米ワシントンポストやドイツのテレビなど、欧米メディアの報道の中で、明かな虚偽、偏向報道を事細かに指摘している。
■間違いの多くは、ネパール・カトマンズで発生したデモに対するネパール警察の鎮圧風景を、ラサで発生したデモ鎮圧と報じたものだ。これは、確かに、批判されても仕方のない誤報で、メディア側も謝罪を発表している。また、デモからの救出のため解放軍兵士が市民のからだをつかんで現場から離れようとしている風景を、デモ参加者に暴行する解放軍と報じたり、写真をトリミングして、チベット族暴徒が人をなぐっている風景を意図的(?)に見えなくして印象操作をしたという批判もある。
■サイトは画像中心なので、各自でいってじっくり見てください。だいたい上のコメントにあるようなスタンスでの書き込みが多いようだ。ただ、メディアの一員として言い訳させていただければ、事件発生当初、情報があまりに少なく(統制されていたので)情報が錯綜し、一方で人の命にかかわる緊急報道の必要性があり、あせったメディアがわに非常に混乱が生じたことは確か。これらの虚偽報道は、意図的捏造というよりは、純然たるミステイクではないかと思う。うーん、言い訳にはならないか。
■このアンチCNN世論が、信じられないくらいもりあがって、Liuyichenさんが指摘するように、全世界華人は空前の結束をみせたのだった。一般に在外華人は共産党に批判的というが、この件に関しては「共産党の勝ち」というわけだ。
■このサイトは、民間の普通のネット愛好者がインターネットを駆使して情報をあつめ、精査し、立ち上げたということだが、あまりのデキの良さに、半官製メディアでは、という疑いの声も当然ある。しかし、こういう形で、間違った報道を糾そうというアクションが読者であるネットユーザー側から自然発生的におこり、ここまでのムーブメントを作り出したのだとしたら、これこそまさにネットの双方向性のなせるわざであり、中国の言論環境の劇的な進歩という意味で、私は拍手をおくりたい。
チベット騒乱事件について、西側の報道の虚偽や変更を指摘する「アンチCNN」というサイトが、中国では人気を得ていて、中国国内だけではなく在外華人の間でも支持されているそうです。
この記事を見て、僕は日本の戦前の歴史問題における保守派の動きを連想しました。南京事件(南京大虐殺)や慰安婦問題などの、日中戦争や太平洋戦争における日本の「蛮行」について、日本では様々な研究や主張が行われており、日本を一方的に断罪する主張の中には虚偽や偏向が含まれていることが明らかになっています。
しかし、それにもかかわらず、海外ではそのようなことはほとんど知られることがなく、未だに虚偽や偏向に基づいた主張が支持されています。それは何故かと言えば、そのような主張からいくら虚偽や偏向を取り除いても、日本が中国を侵略した際に多くの蛮行が行われたことや、慰安婦の多くが悲惨な境遇にあったことは否定できず、そのためそれらを人権問題として批判する勢力から見れば、そんな虚偽や偏向は些細なことであると認識されるからでしょう。
今回のこの「アンチCNN」サイトの主張についても同じ事が言えると思います。いくら「アンチCNN」サイトやその支持者が西側の報道の虚偽や偏向を指摘しても、ほとんどのチベット人が中国の支配下で悲惨な境遇にあり、時に中国側による蛮行も行われていることは否定できません。そのため、チベット問題における中国側の行動を批判する勢力から見れば、そんな虚偽や偏向は些細なことなのでしょう。
従って、日本の歴史問題における日本からの指摘と同様に、チベット問題における中国からの指摘についても、その中に真実が含まれているか否かとは関係なしに、欧米からは無視されることになります。そのため、いくら「アンチCNN」サイトが頑張っても、欧米の中国批判は変わることがないでしょう。
さて、この「アンチCNN」サイトに対して、中国のジャーナリストである長平氏が、批判の論文を書き、それがネット上で大論争を巻き起こしたそうです。
■ところで、このアンチCNNサイトに、ある中国人ジャーナリストが4月3日、一石を投じた。これが冒頭でちらりと触れた長平氏の論文である。全文翻訳をぜひぜひ読んでほしい。(南都週刊の編集部に、さっき全文翻訳して日本の読者に読ませたい、問題ないでしょ?と電話したけれど、本人にはつないでもらえず(外国人記者との接触を断っているらしい)、明確な返事はもらっていない。たいてい中国の記者は、勝手にすれば、みんなやってるし、という反応だし、中国のブログではほしいままにコピペされていたから、版権的にはいいんじゃないか?う〜ん。と悩んだ末。全文翻訳の5割分を反転で隠してみた。文句がきたら考えなおします。)
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/542995/
(中略)
■さて、この論評は発表直後から「反華論文」「売国奴論文」と激しいバッシングにあった。しかし、それだけでなく、擁護論もすぐにおきた。で、ネットの各地で激論バトルが始まったのだ。
■どんな風にネット上のバトルがおきたかというと、
■4月4日、中華ネットのあるネチズンがブログに「警告!南方都市報はまさにさなぎから反華メディア反華勢力の国内代表人に孵化した」という批判文章を発表し反駁を展開。
■4月5日、別のネチズンが「南方都市報の反動は歴史的根元的なものだ」とする文章を発表。これに対し南方都市報のある記者がネット上に中華ネットの愛国者を批判する文章を発表したため、この論評を巡るバトルが激化。
■また同じ日、中華ネットで南方都市報のファンを名乗るネチズンが「南方都市報は売国奴なんかじゃない!」という擁護論を発表。同紙が本当に売国奴新聞かどうかは、もっと多くの証拠が必要だといった主張。
■4月6日は、中華ネットのネチズンが「南方都市報よ、世の中の価値で、民族の統一を凌駕するものはない!」と愛国的反論を発表。また別のネチズンが「ロンドンで、チベット独立派が聖火を強奪しようとしたが、これを南方都市報と長平はなんと論評する?」といった反論。「南方都市報の長平よ、たとえデマを流させても、あなたの言論の自由は破壊されないか」といった論評が発表された。
■これは中華ネットという掲示板サイトだけの動きだが、同様の議論がさまざまなネット掲示板でおきたのだった。だいたい長平論評への反対2、支持1の割合だろうか。
■私は、ネット時代の中国のジャーナリズムは、こういう風に成長していくんだなあ、とちょっと感動したね。中国の公式メディアは党中央宣伝部の指導を受け、ジャーナリズムというよりは宣伝、プロパガンダがお仕事である。ネットのない、一昔前なら、中国の国民は真相をしろうともせずに、当局の公式発表を(本当はあまり信じていないが)そのまま受け取って納得していたのではないか。
■ところが、いまやネットがあり、国内報道であきたらないネチズンたちは、海外の報道から情報を集める。もちろん、ネット統制は厳しく、アクセス禁止などもあるが、海外の同胞が動画や写真を送ってくれれば、それがコピペされ、瞬く間にひろがる。なおかつ国内報道と海外報道を見比べ、海外報道の誤報を指摘できるだけの判断力や知識を持ちうるのだ。で、一般のネットユーザーにすぎない読者がそれを自ら発信して、ネット世論を起こして、世に自分の意見や正しさを問うことも可能なのだ。
■メディアは党の喉舌で、世論を正しく導くのが使命だが、ネット時代は読者がメディアの偏向報道を是正し、議論をしてその報道の問題点、責任を追及することができる。その議論の過程で、誰もが情報の取捨選択と価値判断を自分でして意見表明できる自由をかみしめるんじゃないだろうか。それがネットジャーナリズムの真価というなら、これについては、ひょっとすると中国の方が日本より1歩半くらい進んでいる部分があるかもしれない。
■長平氏が指摘するのは、まさにアンチCNNサイトが、ネットの(制限はあるとはいえ比較的大きな)自由が生んだ落とし子であり、その自由の落とし子として、欧米メディア批判に終始するのではなく、国内の報道統制の問題にも目を向けてほしい、という呼びかけである。もっとも、報道統制批判の矛先の相手は国家権力であり、独裁国家で一般庶民はそんなこと恐ろしくてできないのだから、無茶いうなよ、という感じではある。あるいは、長平氏はひょっとして、このアンチCNNサイトが一般ネチズンが自発的に立ち上げた純然たる民間サイトだとは思っていないのかもしれないが。(これは想像)
■さて一般市民はもちろん、普通の記者だって恐ろしくてなかなかできない、中国の報道統制批判を、「偏向報道は世論にたたかれることで修正できるが、国家権力による報道統制はどうしようもない」という言い方でずばっとやってしまった長平氏は、目下、外部からの取材はうけつけず、本人のブログもアクセスできず、相当の圧力を受けている様子。せっかくVOAから賞もおくられたのに、それについての書き込みも軒並み削除だ。最後は国家権力による報道統制で、こういった活発な議論が封殺されてしまうのかと、と思うと非常に残念である。
■しかし、アンチCNNサイトをめぐる議論がここまでネット上で繰り広げられた過程で、やはり報道の自由、ネットの自由を押し広げようとがんばり続けている、中国のジャーナリズムの健在を確認できた。これなら、チベット騒乱の真相だって、いずれたどり着けるはずだ。弊ブログも、アンチCNNサイトほど影響力はなくとも、小さな議論を喚起できるよう、コメント欄は誰にでもオープンでありたい。誰かが来ちゃダメ、なんてことはいいわないよ。偏向報道だと思われるなら、その偏向を修正すべく、論拠を出して批判してほしい。
長平氏はこのようなサイトが、欧米メディア批判に終始するのではなく、国内の報道統制の問題にも目を向けてほしいと呼びかけています。
さて、日中戦争が発生した1937〜1938年当時の日本の報道を考えてみると、やはり今の中国のようにナショナリズムが沸騰しており、当時の中国側に立った欧米の報道とは全く違っていました。日本国内にそのような報道を批判する姿勢は、ほとんどなかったと思います。*1ちょうど、今の中国の報道が、チベット側に立つ欧米の報道とは全く違っていて、そのような報道を批判する姿勢がほとんどないのと同じような状況でしょう。
このような報道が行われると、国内の世論と海外の世論の間には、大きな断絶が生まれることになります。そして国内世論は「自分たちは正しいのに世界から理解されない」という思いを強くして、さらにナショナリズムへと走ってゆくのでしょう。この点で、2008年の中国と1938年の日本は共通してると思います。
日本はナショナリズムに凝り固まって外国への敵愾心を強めていった結果、1938年からわずか7年で、太平洋戦争の敗北と大日本帝国の崩壊という破局を迎えることになりました。ちょうど当時の日本と同じような状況にはまりこんでしまった中国は、この先ナショナリズムと外国への敵愾心を押さえて、破局を避けることができるのでしょうか?
*1:何しろ、戦意高揚のために「百人斬り」がでっちあげられていた時代ですからね。