政府紙幣について
自民党の菅義偉選挙対策副委員長は1日、フジテレビの番組で、日本銀行券のほかに政府自ら「政府紙幣」を発行し、景気対策を進めるべきだという考え方が一部の学者などにあることについて「非常に興味を持っている。100年に1度の危機の中では一つの政策だと思う」と前向きな姿勢を示した。「(政府紙幣を)やることによって輸出産業が一息つくと思う。検討することはあっていい」とも語った。
政府紙幣を発行すれば、財源を心配せずに景気を刺激できる一方、通貨が信用を失い急激なインフレを招くおそれがあるとの批判がある。
http://www.asahi.com/politics/update/0201/TKY200902010122.html
麻生太郎首相は2日夜、自民党の菅義偉選対副委員長が1日のフジテレビ「新報道2001」で景気対策の一環として「非常に興味を持っている。一つの政策かな」と発言した「政府紙幣」の発行について、「今のところとてもそんな段階じゃない」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。
自民党の細田博之幹事長も2日の記者会見で、「そういうことができるなら、毎年30兆円ずつ紙幣を刷って、800兆円の借金を全部返したことにしてはどうか。それが空理空論で意味がないことは、皆さんもよくご存じだ」と、首相と同様に否定的な考えを示した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090202/stt0902022158004-n1.htm
麻生政権の実力者の一人である菅義偉選挙対策副委員長が、政府自ら発行する「政府紙幣」の発行について前向きな姿勢を示し、それに対して麻生総理や細田幹事長は否定的な考えを示したということです。
そして、上の朝日新聞の記事につけられたはてなブックマークのコメントを見ても、否定的な意見が多いようです。
はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):「政府紙幣」発行 自民・菅氏「非常に興味」 - 政治
ただ、この「政府紙幣」は必ずしもおかしな案ではなく、今の日本では十分検討に値する考えだと思います。
今の日本は戦後最悪とも言われる不況に入りつつあるわけですが*1、このような不況に対する対策としては、金融政策(お金を貸しやすくして、経済全体を流れるお金の量を増やす政策)と財政政策(国家が公共事業や減税・給付金などで仕事や収入を増やす政策)があります。
ただし、経済学ではマンデル・フレミングの法則というものが発見されています。これによると、開放的な経済(貿易や海外への資金移動が自由化されている国の経済)では、財政政策を実施しても、その財源として発行する国債によって金利が上昇してしまい、それが通貨高(円高)を招いて輸出を減少させ、財政政策の効果を帳消しにしてしまいます。従って、通常時には財政政策よりも金融政策の方が景気を回復させる効果があるわけです。*2
しかし、金融政策は通常は金利を操作することでお金を貸しやすくするのですが、今の日本では金利がほとんどゼロ(正確には0.1%)なので、これ以上金利を下げても効果がほとんどありません。そこで日銀が市中の国債を買ったり民間の債券を買うことで、経済全体を流れるお金の量を増やそうとしていますが、日銀があまり信用の低い債券を買うわけにもいかないという事情があるため、これだけでは十分な効果が出るか分かりません。
そこで、再び財政政策に注目してみます。マンデル・フレミングの法則では、新たに国債を発行するから金利が上昇して円高を招くわけです。だから国債を発行せずに財政政策ができれば、財政政策でも景気を回復させられるはずです。
だから、政府紙幣(政府通貨とも呼ばれる)発行によって景気対策を行うという発想が出てくるわけです。
実際には、マンデル・フレミングの法則を避けて財政政策をする方法として、この政府紙幣以外に、政府が発行した国債を日銀が買い入れて(これを国債引き受けと言います)、市場で流通する国債の量が増えないようにする方法もあります。日銀が直接政府から国債を買っても良いですし、政府が発行した国債と同じ量を日銀が市場から買っても良いです。
しかし、日銀はこの方法には否定的です。その理由は、戦前・戦時中に軍部が軍備拡張や戦争の費用を調達するため、日銀に大量の国債を引き受けさせて、その結果、戦後に大幅なインフレを招いたためです。日銀はこのことを二度と繰り返してはならないと思う余り、国債の買い入れには消極的なのです。確かにこの教訓は大切なものであり、日銀法で日銀による国債引き受けが原則禁止(ただし完全な禁止ではないのですが)されているのもそのためなのですが、今のようにデフレが酷い時は、国債買い入れを渋ることはデフレを深刻にするだけだと思います。
このような日銀の頑なな姿勢があるため、日本においては、国債を発行せずに財政政策を行う最も現実的な方法が、政府紙幣の発行となるわけです。
だから、政府紙幣の発行は財政政策に最大限の効果を発揮させるための手段だということになります。もし政府紙幣を発行せずに財政政策を進めれば、ただでさえ日本経済を苦しめている円高をさらに激しいものにして、輸出企業に壊滅的な打撃を与えてしまうでしょう。
朝日新聞の記事にある「政府紙幣を発行すれば、財源を心配せずに景気を刺激できる一方、通貨が信用を失い急激なインフレを招くおそれがあるとの批判がある。」というのも間違いではないのですが、インフレについてはインフレターゲットを設けて、インフレ率が目標以上になったときは政府紙幣の発行を止めれば済むことでしょう。
また、細田幹事長の「そういうことができるなら、毎年30兆円ずつ紙幣を刷って、800兆円の借金を全部返したことにしてはどうか。」という発言についても、やはりその前にインフレ率が増大して、発行を止めなければならなくなるでしょう。だから、まともに政府紙幣を主張している人は、誰もそんなことは考えていません。あくまでも財政政策に最大限の効果を発揮させるための政府紙幣なのですから。
確かに政府紙幣という耳慣れない手段に対する不信感が強いのは僕も分かりますが、今回の不況は戦後最悪のものになる可能性が高いです。そのようなときに、不信感だけで政府紙幣を拒否してしまうのは、愚かなことではないでしょうか?
*1:2009年の日本の経済成長率について、IMFは-2.6%、ゴールドマン・サックスは-3.8%と推計しています。
*2:小渕政権時代の円ドル相場を見れば、このことがはっきりわかるでしょう。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5070.htmlの1998年8月〜2000年3月を見てください。1998年8月には1ドル140円以上だったのが、2000年3月には1ドル110円を切っていて、その間はほぼ円高傾向が続いています。