Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

「亀井モラトリアム」の行き着く先は?

発足したばかりの鳩山政権ですが、現在最大の波乱要因となっているのは、国民新党亀井静香金融郵政担当相が主張している中小企業を対象とした返済猶予制度(モラトリアム)でしょう。
この返済猶予制度については、亀井大臣以外ほとんどどこからも賛成の声が聞こえてこないのですが、亀井大臣は強気に政策を実現しようとしているようです。
この問題については、山崎元氏の解説が分かりやすいと思います。

亀井大臣の「返済猶予」発言の落とし所は?


 新閣僚の発言で、一番世間を驚かせたのは、亀井金融担当大臣のローンの返済猶予に関わる一連の発言だろう。

 亀井大臣は、「中小・零細企業や個人の支援を目的とした借入金の一時的な返済猶予制度」について10月に招集される臨時国会に関連法案を提出するという方針を表明して就任早々金融界を驚かせた。「金融機関への元利払いを強制的に止める」(『日経』9月17日朝刊)法案だと受け止められたのだ。

 その後、亀井大臣の発言はヒートアップを続けており、元本だけでなく、金利の支払い猶予も検討することを付け加えたり、「もし反対なら、鳩山首相は私を更迭すればいいが、そんなことはできっこない」と述べるなど、存分に強面振りを発揮した。

 この法案が文字通り「返済猶予」を金融機関に強制するものになるのであれば、金融機関にとっては大変な問題だ。

 金融機関は、先ず、既存のローンの返済猶予が強制される可能性があると判断した場合、それで損が出る可能性があるから、法案成立前にローンを回収しようとして、貸出の回収を急ぐだろう。また、新規に貸出しを行うと、これも返済猶予の対象になる可能性があるから、新規貸出に急ブレーキを掛けるだろう。つまり、この法案は、その検討段階で、法案の意図とは逆に強烈な「貸し剥がし」と「貸し渋り」を招く可能性がある。

 また、亀井大臣の発言の困った点の一つは、返済猶予のコスト負担について十分な判断材料を与えずに、返済猶予の方針をぶちあげたことだ。つまり、金融機関は、返済猶予に伴って期待利益の喪失(あるいは損失)が起こりかねず、また、返済を猶予している間の与信リスクの問題を新たに抱え込む可能性がある。

 このため、亀井氏の大臣就任後、金融株の株価が下がっているのだが、たとえば『日経』(19日朝刊)のインタビューでは、金融株の下落について、彼は「金融界の体質がぜいじゃくということだ」と言い放っている。

 亀井氏のいう返済猶予が実現すると「大変なことになる」と考える人の中には、たとえば、参議院補欠選挙民主党が二議席確保に成功すれば亀井氏を更迭するのではないかと、半分期待も込めて、予測する向きもあるようだ。

 だが、民主党の「民主党政策集INDEX2009」の中には「当面の金融危機への対応のため、中小企業に対する融資について債務の返済期限の延長その他の貸付の条件の変更を実施する金融機関に対して支援を行います」(p37、「中小企業金融の円滑化」)という記述がもともとある。民主党としても、何らかの具体的な落とし所を用意しているのではないかと筆者は推測している。

 「民主党政策集INDEX2009」の記述は「『特別信用保証』制度を復活させ、保証制度をより使いやすくします。セーフティネット融資(原油高騰関係)の既往貸付の繰延返済を認めるとともに、セーフティネット信用保証の対象業種を中小企業庁関連の全900業種(創業後3年以上)に拡大します」と続く。

 以下は筆者の想像に過ぎないが、金融機関の既存の融資の返済を、「特別信用保証」的な国の補償を付けて猶予するか、「セーフティーネット融資」に類似するやはり国が保証する融資に振り替えるような形になるのではなかろうか。セーフティーネット融資は、認定された不況業種に対する融資が年率0.9%などといった借り手にとっては好条件の融資だ。一方、金融機関にとっても、返済猶予分が実質的に国の保証付きの資金運用に切り替わるなら、直接的にはそう悪い話でも無さそうだ。鳩山首相のモットーである「友愛」にちなんで「友愛ローン」あるいは「友愛保証制度」とでも名付けるのだろうか。

 そもそも、金融機関が損を被るような制度を作ると、当初の目的と異なって信用が縮小してしまうはずだから、そうはなるまい。もっとも、物事に不慣れな新政権の案件で、しかも亀井氏が関わる案件なので、ここで「安心して金融株を買いましょう」とは言いにくい。当面は、法案の詳細が発表されるのを待つしかない。

 もっとも、金融機関が直接損をせずに済む制度となるとしても、本来リスクのある貸出案件に対して公的な低利の金融を大量に付けることになるので、日本の金融業の信用リスクに対するプライシングは壊れたままになる。

 長期的な影響まで考えると、亀井氏のいう返済猶予は、今騒がれているほど大変なことにはならないように思うのだが、どう考えても筋のいい政策だとは思えない。

http://diamond.jp/series/yamazaki/10099/



山崎氏の言うとおり、もし本当に返済猶予制度が実現しそうになれば、強烈な「貸し剥がし」と「貸し渋り」を招き、却って逆効果となるでしょう。
ただ、そんなことは民主党も分かっているはずなので*1、やはり山崎氏の言うとおり、公的金融による信用保証や融資という形に落ち着くのではないかと思います。


ただ、ここで気になるのが、今回の返済猶予問題をきっかけとして、再び政策金融機関(政府系金融機関)の強化が図られるのではないかということです。
かつて小泉政権構造改革が行われたとき、一番官僚の抵抗が強かったのは、郵政民営化ではなく政策金融改革でした。この改革では8つあった政策金融機関を1つにして民営化しようとしましたが、結局商工組合中央金庫日本政策投資銀行を民営化して、残りの政策金融機関は日本政策金融公庫に統合されました。しかし、その後は権限や天下り先を奪われることを恐れた官僚の抵抗や、経済危機で公的金融が必要だという財務省や政治家などの主張もあり、民営化の方針は怪しくなってきています。
このような流れの中で今回の騒動を考えると、財務省はこの騒動を奇貨として、さらなる政策金融機関の強化を狙ってくるのではないかという気がします。つまり小泉改革で奪われたものを取り戻そうと言うわけです。*2
そして、政策金融機関を強化するということは、その資金の出所である郵便貯金の民営化にブレーキをかけることにもなり、郵政民営化の見直しにも繋がるわけですから、亀井大臣にとっても悪い話ではないでしょう。


今回の話が亀井大臣と財務省による出来レースであるとまでは言いませんが、政策金融改革の否定が両者の共通の利益となるという視点は、今回の返済猶予問題の落としどころを考える上で押さえておいた方が良いと思います。

*1:なぜなら、返済猶予制度の具体案を検討している大塚耕平副大臣をはじめとして、日銀や財務省出身の「政策通」も民主党には多いですから。

*2:まず考えられるのは、日本政策投資銀行商工組合中央金庫の民営化の取りやめ、そして国際協力銀行の日本政策金融公庫からの分離でしょう。さらに進めるのであれば、日本政策金融公庫の解体による旧政策金融機関の復活もあるかもしれません。法人の数が増えれば、天下り先も増えますし、それを所管する官僚の権限も復活しますから。