Baatarismの溜息通信

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復興財源について

東日本大震災は日本に甚大な被害をもたらしました。この被害の直接的な被害額だけでも、内閣府の資産では16兆円〜25兆円になるとされています。当然、その復興のためには莫大な予算が必要となるため、財源をどうするかが問題となっています。

復興財源として上がっている案としては、増税、既存の予算の振り替え、国債発行(市場からの調達、日銀による直接引き受け)、埋蔵金の利用があります。
このうち、増税については、震災直後から与野党増税が必要という意見がありましたが、震災復興構想会議の五百旗頭真議長が最初の会合で「復興連帯税」の導入を提言したことから、大きく議論が盛り上がりました。しかし、復興構想の前に増税を議論することへの批判や、増税が景気の停滞を招くという批判も強く、現時点では議論が棚上げになっている状況です。
この増税論について僕が気になるのは、増税論を論じている人が「増税=増収」ということを前提にしているのではないかということです。以前、消費税増税を論じたときに述べましたが、1997年の消費税増税では、景気が悪化した結果、結局増収にはなりませんでした。
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消費税増税は本当に税収を増やすのか? - Baatarismの溜息通信 消費税増税は本当に税収を増やすのか? - Baatarismの溜息通信


1997年の時はアジア通貨危機が景気悪化要因となりましたが、今回は震災そのものが大きな景気悪化要因となっていますので、増税は避けるべきでしょう。
また、増税論の変形として、今は国債発行するが、その国債は既存の国債とは違う「復興国債」として、早期に償還すべきと言う意見もあります。しかし、その場合でも景気が回復する前の返済は避けるべきだと思います。
増税や早期償還を主張する論者は、「国債の信任」を主張し財政の悪化を懸念していますが、不況期の増税は税収の減少を招き、逆に財政を悪化させるという過去の教訓をきちんと学んで欲しいと思います。

また、既存の予算の振り替えについては、民主党政権が導入した子ども手当や高速道路無料化の廃止を野党が主張して政争になっています。さらに、公務員給与のカットも検討されています。ただ、これらの政策も経済学的には増税と同じ事ですから、景気を悪化させる懸念があります。それに、これらの政策ではせいぜい年間数兆円の増収にしかなりませんから、復興財源には足りないでしょう。


国債については現時点では国債金利が低く、市場では順調に消化されているので、増発の余地はあります。ただ、国債増発には長期金利を上昇させ、他国との金利格差を変化させることで、円高を招くという懸念があります。*2
そのため、震災国債を日銀に直接引き受けさせるか、震災国債発行額に相当する国債を日銀に購入させることで、金利上昇や円高を防ぐことが望ましいと思います。
「keiseisaiminの日記」にもあるように、阪神大震災の後も円相場は円高になっており、日本経済にマイナスの影響を与えました。これは防ぐ必要があるでしょう。


東日本大震災と阪神大震災の比較 〜34日営業日目〜 - keiseisaiminの日記 東日本大震災と阪神大震災の比較 〜34日営業日目〜 - keiseisaiminの日記


この日銀国債引き受けについては、政府、財務省、日銀や、彼らを支持するマスコミ、経済学者から、通貨の信任や国債の信任を毀損するという激しい批判があります。「通貨の信任」や「国債の信任」という言葉の定義は明確ではないのですが、急速なインフレの進行や国債価格の下落(国債金利の上昇)を懸念しての批判であることは間違いないでしょう。また、そのような事態が起こるメカニズムは、マンデル・フレミングの法則のように理論化されているわけではありませんが、それらの批判を総合すると、他国や歴史にあまり例がない中央銀行による国債の直接引き受けが、市場にもたらすアナウンス効果を懸念しているように思われます。

このような批判に対して、高橋洋一氏が日銀の国債引き受けは既発債については毎年行われており、今年度については既発債の償還額30兆円に対して、国債引き受けが12兆円しかおこなわれれておらず、18兆円の引き受けは現状の予算でも可能であると主張しています。

具体的に今年度の話をしよう。予算書でも、今年度の日銀引受額の数字が書かれていない。数字は財務省国債発行計画に、12兆円と書かれている。国債発行計画というと、立派に聞こえるが、その性格は国会の議決などの重いものでなく、政府内で適当に変更できるものだ。

 さらに、財務省・日銀はもう一つの数字もいわない。それは、今年度日銀が保有している国債の償還額がいくらかである。これは、30兆円だ。

 これでわかるだろう。今年度12兆円の日銀引受を行っても、30兆円の償還があるので、それだけを見ると、今年度末には18兆円日銀の保有国債残高が減少し、通貨膨張というより通貨減少してしまうのだ。

 ということは、財務省・日銀の言い分をそのまま鵜呑みにしても、あと18兆円の日銀引受は可能だ。日銀引受は禁じ手という財務省・日銀の「ご説明」を受けているだけの御用学者、御用マスコミは、こうした数字の議論はできない。


「復興増税」論の隠された意図を暴く 「通貨」の信認と「国債」の信認の正体|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン 「復興増税」論の隠された意図を暴く 「通貨」の信認と「国債」の信認の正体|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン



この数字が正しいとすれば、現状のままでは18兆円の通貨減少となり、その分だけ金融が引き締められてしまうことになります。震災で不況の懸念が強まりつつある現在、これは好ましくないでしょう。これを防ぐために18兆円の日銀国債引き受けを行うことは、通貨の膨張や国債の増額を伴うわけではないので、正しく情報開示を行えば、インフレや国債金利の下落を招くようなアナウンス効果も引き起こすこともないでしょう。従って、18兆円の日銀国債引き受けは、景気悪化を防ぎ、復興財源を調達でき、反対派が懸念するアナウンス効果も引き起こさない妙案だと思います。


さらに、高橋洋一氏は埋蔵金として国債整理基金からの転用も主張しています。

 日曜日(17日)朝のフジテレビ報道番組で、江田憲司みんなの党幹事長が、「国債整理基金の余りカネ10兆円を大震災復興のためにあてよ」と発言した。これに対して、岡田克也民主党幹事長は「国債整理基金への繰入があるから国債の信認が保たれているのでできない」と言った。

 この言い分は財務省そのままだ。もちろん正しいなら問題ないが、間違った意見をそのまま鵜呑みにするのは政治家としてまずい。

 まず国債整理基金の仕組みを整理しよう。国債整理基金特別会計)は国債の償還や利払いを行うための区分整理会計である。この特別会計は、いろいろな特別会計からの繰入が多く、特別会計の間の「結節点」になっているもので複雑だが、国債の償還・利払いだけに着目すれば、構造は簡単だ。

 その歳入は、借換債発行による収入、一般会計からの繰入、前年度からの剰余金で、歳出は国債の償還、利払いとなる。借換債発行によって国債の償還をするということからわかるように、満期が到来した国債ロールオーバーされている。

 一般に国債発行というと、今年度予算では44兆円といわれるが、これは新規国債というもので、ロールオーバーのための借換債が110兆円発行される。このほかにも財投債14兆円が発行され、総計169兆円発行される。

 新規債、借換債、財投債といっても、マーケットではまったく同じ条件なので、マーケットの人はそもそもどれを扱っているかさえもわからない。

 国債整理基金国債償還の部分は、おおざっぱに言えば、借換債110兆円、一般会計から20兆円、前年度からの剰余金10兆円が収入で、償還120兆円、利払い10兆円が支出になって、次年度への剰余金が10兆円となる。

 だから、国債整理基金の収入のうち10兆円を震災復興に回しても、次年度への剰余金がなくなるだけで、国債償還には支障ない。

 問題は、岡田幹事長のいうように、10兆円を回したら国債の信認が失われるかだ。このように国債整理基金を作り一般会計から一定額を繰り入れる仕組みを減債制度というが、この仕組みは日本だけのもので海外にはない。だから、この仕組みによって国債の信認を得ているという説明は海外ではまったく通用しない。


「【日本の解き方】国債整理基金から10兆円を復興に回しても支障はない 財務省の言い分は間違いだ - 政治・社会 - ZAKZAK 【日本の解き方】国債整理基金から10兆円を復興に回しても支障はない 財務省の言い分は間違いだ - 政治・社会 - ZAKZAK



この国債整理基金に10兆円もの剰余金がある理由について僕も調べたのですが、国債の償還と新たな国債の発行との間に時期のずれがあるので、その間基金が不足しないように剰余金が必要だという理屈のようです。ただ、それだけならFB(政府短期証券)による短期の資金調達も可能ですので、長期の債務である国債で調達する剰余金を基金に残す必要はないと思います。平常時ならこのような剰余金は市場の国債の繰り上げ返済のために使うべきでしょうが、今は非常時ですから復興財源に充てる方が良いでしょう。
この国債整理基金でも「国債の信任」を理由にした反対論がありますが、他国では同様の制度はないようですので、これほどの剰余金を持たなくても国債の信用を維持することは可能だと思います。そのような制度を考えるのが、財務省や財政学者の役割でしょう。


ここまで議論した国債日銀引き受けと国債整理基金の剰余金を合わせれば、28兆円となります。これだけで震災の直接被害額を上回る財源が確保できることになります。これらの財源は金融政策や財政政策の改善だけで得られるものであり、増税や予算組み替えのような新たな国民負担は必要ありません。また、金利や円相場に与える影響も大きくはないでしょう。
言い換えれば、日本は金融政策や財政政策の問題を放置するために数十兆円のコストを払っていたということになるわけです。このような無駄金は真っ先に震災復興のために転用すべきだと思います。

*1:このとき引用した財務省のサイトのグラフは、今ではアクセスできなくなっているようです。(新しいリンクを教えていただきました) また、ここで引用したブログ「DeLTA Function」も、今は閉鎖されてしまいました。

*2:このことはマンデル・フレミングの法則と呼ばれ、ノーベル経済学賞の理由となったほどの、経済学における重要な法則です。