Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日本におけるFRBインフレターゲット導入の影響

前回の記事でFRBインフレターゲット導入について説明しましたが、日本でもそれを受けて様々な議論が出てきました。

まず日銀ですが、白川総裁は「FRBが日銀の政策に近づいてきたという認識を持っている」というピント外れな発言をしました。

さらにFRBが先の連邦公開市場委員会(FOMC)で2%のインフレ目標を設定したことについて「長期的目標という形で物価の上昇率について2%という数字を定めた。バーナンキ議長自身もこれはインフレーションターゲットではないと言っている」との認識を示した。そのうえで、「物価安定は中銀の金融政策の目標だが、物価だけをみていくわけでない。最終的に物価安定の下での持続的な経済の成長を実現していくように金融政策を行うという意味で、日銀もFRBも似ている」と説明、「むしろFRBが現在日銀が行っている政策に近づいてきたという認識を持っている」と語った。


FRBが日銀の政策に近づいてきたと認識=白川総裁 | Reuters FRBが日銀の政策に近づいてきたと認識=白川総裁 | Reuters FRBが日銀の政策に近づいてきたと認識=白川総裁 | Reuters

しかし、これまでもかなりの確率でインフレ率を1〜3%のレンジに収めてきたFRBが、それをさらに確実なものにするためにインフレターゲットを導入したのに、自ら定めた0〜2%の「理解」すらほとんど達成できていない日銀に近づいてきたというのは、どう考えてもおかしな話です。白川総裁の話は非常に苦しい言い訳としか言えないでしょう。

国会で白川総裁は、実は日銀もFRBと同じようなことをやっていると言い訳している。日銀は、物価の安定を0〜2%と「理解」しているという。マスコミはこれで騙(だま)されている。実は、「理解」と「目標」はまったく違う。
ちなみに2006年3月9日の福井俊彦総裁(当時)記者会見で、はっきり説明されている。記者の「各国で既に採用されているインフレーション・ターゲティング、インフレ参照値とは別か」という質問に対して、福井総裁は「概念的に大きく異なるものである」と明言している。
続けて「ターゲティングの場合はもちろんのこと、ECB(欧州中央銀行)のようなインフレの定義、あるいは望ましいインフレの定義のように、定義とか参照値とか言う場合には、政策委員会の意見、討議を経て1つの数字、ないしは1つの物価上昇率のレンジ、1つのことを決めるということであるが、そういったことはしていない」と答えている。
福井前総裁のほうが正しく、白川総裁は誤魔化している。目標というのは達成しないと不味い。しかし、「理解」なら達成しなくてもいい。ここに日銀がインフレ目標といえない理由がある。日銀は実績のない落第生なのだ。
1998年の新日銀法施行以降、日本で前年同月比のインフレ率が0〜2%に収まっていたのはわずか1割6分。一方、FRBが1〜3%に収めたのは実に7割以上だ。100点満点で20点も取れない落第生は「目標」とは言えなくて、70点超の優等生は目標と言える。やはり落第生は優等生を見習うべきだ。


高橋洋一の民主党ウォッチ 「落第生」日銀は言い訳やめよ 「インフレ目標」FRB見習うべきだ (1/2) : J-CASTニュース 高橋洋一の民主党ウォッチ 「落第生」日銀は言い訳やめよ 「インフレ目標」FRB見習うべきだ (1/2) : J-CASTニュース 高橋洋一の民主党ウォッチ 「落第生」日銀は言い訳やめよ 「インフレ目標」FRB見習うべきだ (1/2) : J-CASTニュース

さらに白川発言の翌日には、バーナンキ議長からこんな発言が出ています。二人は中央銀行のトップ同士なので、儀礼上お互いの発言を直接批判することはありませんが、さすがに今回の白川発言については釘を刺したかったのかもしれません。

米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長は7日の米上院予算委員会公聴会で、バブル経済崩壊後の1990年代からの日本と最近の米国を比べ「いくつかの重要な違いがある」と語った。同議長は、日本が長くデフレに直面したうえ銀行の資本注入に遅れたと指摘。労働力人口が減り成長を押し下げている点も、人口増が続く米国とは異なると強調した。
 日本の政策対応の遅れについて同議長は「日本は(金融危機に最初に直面した主要国で)他国の実例を学ぶことができなかった。我々は日本(の試行錯誤)から学んだ」とも語った。


米FRB議長、経済情勢「日米、重要な違いがある」  :日本経済新聞 米FRB議長、経済情勢「日米、重要な違いがある」  :日本経済新聞 米FRB議長、経済情勢「日米、重要な違いがある」  :日本経済新聞

また、日銀は水面下で、FRBインフレターゲットは実はインフレターゲットではないと、国会議員に説明しているそうです。FRBは物価の安定だけではなく雇用の確保も責務としているので、バーナンキ議長は米議会に対して、単なる物価だけを目標とするインフレターゲットではないと説明しているのですが、日銀はそれを意図的に誤訳して、インフレターゲットではないと言っているそうです。
その目的はもちろん、国会で「日本もインフレターゲットを導入せよ」という意見が出ることを防ぐことでしょう。

 日銀は、FRBの不都合な事実について、国会議員などに「ご説明」の絨毯爆撃をしているようだ。その際「あれはインフレ目標ではない。バーナンキもそういっている」と説明している。実際に多くの国会議員からそうした話を聞いた。中には、レベルの低い日銀職員もいて、FRBは“GOAL”を決めたが、“TARGET”ではないとか、滅茶苦茶な説明をしている者もいたようだ。これは論外としても、前原誠司民主党政調会長などは、日銀の言うことを鵜呑みにして話をしている。
 バーナンキFRB議長の発言の出所は25日の記者会見だ。「インフレ目標か」と聞かれ、「すばらしい質問だ(Excellent Question)」といいながら、「もし、“インフレ目標”を物価を最優先して雇用などを二次的なものとするということを意味するのであれば、その答えはノーだ。というのは、FRBは二つの責務をもっているからだ(If by "inflation targeter" you mean a central bank that puts top priority on inflation and other goals like employment as subsidiary goals, the answer is no. We are a dual-mandate bank.)」と言った。
 要するに、物価だけみれば“インフレ目標”であるが、FRBは、普通の国中央銀行と違って物価の安定と雇用の最大化の二つの責務があるので、物価だけを目標とする“インフレ目標”でないと言っただけに過ぎない。その証拠に、その後に、バーナンキ議長は「物価安定の目標達成を遅らせた方が雇用に良いなら、喜んでそうする」と言い切った。それなのに、日銀が「インフレ目標でない」と言いたいがために、バーナンキ議長の発言の一部のみを取り上げるのはやり過ぎである。
 日銀はインフレ目標を拒んでいるが、物価安定の実績が伴わないと国会などで説明責任を求められるのがいやなのだろう。ちなみに、日銀は、FRBとは違って雇用の最大化という責務がなく、物価の安定をもっぱら行えばいい。なお、この日銀のミスリーディングな説明については、2日の衆院予算委員会山本幸三衆院議員(自民党)が、白川総裁に対して「誤訳だ」と切って捨てた。


米FRBのインフレ目標導入で 日本銀行大慌て|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン 米FRBのインフレ目標導入で 日本銀行大慌て|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン 米FRBのインフレ目標導入で 日本銀行大慌て|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン

しかし、そのような日銀の努力にも関わらず、自民党公明党からは、日銀法改正や欧米諸国と同程度のインフレターゲット導入を求める意見が出てきました。これは日銀がこれまで頑として拒んできたことです。

10日開かれた衆院予算委員会の質疑で自民党円高・デフレ対策での与野党協議を提唱し、野田佳彦首相も協議すること自体には前向きな姿勢を示した。自民党日本銀行の金融政策に対する政府の影響力を強めるための日銀法改正も主張。与野党協議が実現すれば政策課題として取り上げられる可能性があるが、政府側は法改正には慎重姿勢だ。
  自民党西村康稔衆院議員(シャドウ・キャビネット財務大臣)はデフレ脱却の必要性を強調した上で、「まずデフレ・円高を一緒にやろうではないか」と呼び掛けた。これに対し、野田首相は「超党派で意見交換しながら知恵を出していこうという提起は私も賛同する。国会だけでなく政党間の協議も大いにやってほしい」と前向きに取り組む考えを示した。
  西村氏は物価上昇率の目標について「政府が目標を決めて日銀に指示する、あるいはアコード(協定)を結んで目標を共有する。それをやるために日銀法の改正をやるべきだ」と主張。与野党協議は日銀法改正も「視野」に入れつつ、政策責任者レベルで行いたい考えも示したが、野田首相は「政府は日銀と緊密に連携し、問題意識を共有しながらそれぞれ機動的な対策を講じるという姿勢だ」と述べるにとどめた。


自民が円高・デフレ対策の与野党協議を提唱、日銀法改正も−国会 - Bloomberg 自民が円高・デフレ対策の与野党協議を提唱、日銀法改正も−国会 - Bloomberg 自民が円高・デフレ対策の与野党協議を提唱、日銀法改正も−国会 - Bloomberg

公明党石井啓一政務調査会長と西田実仁参院議員は8日、首相官邸藤村修官房長官と会い、総合経済対策に関する緊急提言を申し入れた。

緊急提言は井上義久幹事長が3日に発表したもの。歴史的な超円高やデフレ(物価下落が続く状態)脱却へ総力を挙げた対策が急務として、政府・日本銀行が一体となった金融政策の強化や、全国的な防災・減災対策を集中的に講じる「防災・減災ニューディール」などを提唱した。

具体的には、デフレ脱却に向けた強いメッセージを発していくため、現状より高い欧米諸国と同程度の物価安定目標を設定する必要性を強調。また、日銀による資産買い入れや、成長基盤強化を支援するための資金提供を拡大するよう求めた。


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政府・日銀一体となった金融政策の強化
欧米と同程度の物価安定に対する長期的な目標の設定


歴史的な超円高水準での高止まりを是正するためには、その大きな要因である内外の金利差を是正することが有力である。とりわけ、為替レートと相関関係の大きい実質金利は、デフレが長期化している日本と欧米諸国との格差は拡大する傾向にある。

内外実質金利差の解消には物価の正常化(デフレ解消)が不可欠である。日銀は引き続き万全な資金供給等の金融緩和策を講じるとともに、物価安定化目標の再設定等による明確なメッセージを発信することが重要であり、そのためFRBの新たな金融政策の決定に合わせ、欧米諸国と同程度の物価安定に対する長期的な目標を設定すべきである。


※日銀の「中長期的な物価安定の理解」では、「消費者物価指数の上昇が2%以下のプラスの領域、中心は1%程度」として、それまでの間は実質ゼロ金利政策を継続することとしている。これは、米国やユーロエリア、英国における消費者物価の上昇率の目標等より1%程度低い水準である。これでは、日銀の金融政策自体によって、相対的な円高を容認するシグナルとして市場に伝わってしまうことが懸念される。1月のFRBの決定では、政策金利の最初の引き上げ時期と、中長期的な政策金利水準の見通しを開示する新方式を公表した。これは、市場との対話を重視し、低金利政策の長期間維持とデフレ懸念の払拭を狙ったものと解釈できる。


総合経済対策に関する緊急提言(全文) | ニュース | 公明党 総合経済対策に関する緊急提言(全文) | ニュース | 公明党 総合経済対策に関する緊急提言(全文) | ニュース | 公明党

これまでも日銀法改正やインフレターゲット導入を訴える議員は与野党にいましたし、みんなの党のようにそれを主張する政党もありました。今回は自民、公明という主要な野党が、党として主張したことが、これまでとは違う動きです。また、民主党内部でも非主流派では(小沢系、非小沢系を問わず)、同様の主張をする議員が増えています。

もちろん、日銀のみならず、今の野田政権や財務省も日銀法改正やインフレターゲット導入には反対していますので、まだ障害は多いです。ただ、FRBインフレターゲット導入をきっかけにして、日本でも金融政策に対する政治家の意見が、大きく変わってきたのは間違いないでしょう。国会の日銀に対する評価は相当厳しいものになっていて、もう日銀の主張を鵜呑みにする状況ではありません。今後の与野党の議論がどうなっていくか、注目すべきでしょう。