Baatarismの溜息通信

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黒田日銀を苦しめる白川時代の負の遺産

先週の記事で「次回の日銀決定会合は6/10〜11(次の月曜、火曜)です。日銀はこの決定会合で、今回の株安、円高への対応を迫られることになるでしょう。」と書いたのですが、結局6/11の日銀決定会合は、現状維持という結論でした。

 日銀は10〜11日に開いた金融政策決定会合で、「量的・質的金融緩和」を継続する方針を全員一致で決めた。公表文では「マネタリーベース(資金供給量)を年間60兆から70兆円に相当するペースで増加するように金融市場調節を行う」との方針を維持した。景気判断は6カ月続けて引き上げた。

 共通担保方式の資金供給オペの期間延長に関する決定や提案はなかった。一方、昨年12月に導入を決めた「貸出増加を支援するための資金供給」の実施予定を会合結果の公表文と同時に公表。期間3年間の低利による資金供給の総額が3兆円弱に及ぶことを明示した。

 金融政策運営については、消費者物価の前年比上昇率で2%とする「物価安定の目標」の実現を目指し、「安定的に持続するために必要な時点まで『量的・質的金融緩和』を継続する」と述べ、「上下双方のリスク要因を点検し、必要な調整をする」とした。


日銀、景気判断を上方修正 金融政策は現状維持  :日本経済新聞 日銀、景気判断を上方修正 金融政策は現状維持  :日本経済新聞 日銀、景気判断を上方修正 金融政策は現状維持  :日本経済新聞



この決定を受けて、さらに株安、円高が進み、日経平均や円ドル相場は4/4の「バズーカ砲」以前の状態に戻ってしまいました。


日経平均株価



円ドル為替レート



円ユーロ為替レート



この暴落については、リフレ派の間でも一時的な調整という意見が多いようです。例えば、浜田宏一氏や高橋洋一氏はこのように発言しています。

 「ほら、いい季節になりましたね」。滞在中のツインルームから新緑のまぶしい庭園を望む窓辺を指しながら、にこやかに迎えてくれた。予想外のことだった。

 「5・23ショック」はお祭りムード一色だった株式市場を直撃。中国の景気指標悪化など原因については諸説あるものの「アベバブルの崩壊」との指摘も少なくない。その後も数百円単位の乱高下が続き、103円台まで進んだ円安には揺り戻しが起きている。浜田さんといえば、大胆な金融緩和を通じてインフレ期待を高め物価上昇や経済活性化を目指すリフレ派の重鎮、「アベノミクスの教祖」とまで呼ばれる人物だけに、ピリピリしたやりとりになることを半ば覚悟していたのだが。

 ならばと「アベノミクス大ピンチに!」と大見出しで報じる週刊誌記事を手渡してみた。「アベノミクスは成功していますよ。心配することはありません」。やはり笑みを絶やさず、動じる気配はない。「株価は一本調子に上がり続けた末の調整局面。日本人も外国人も日々の思惑の中で大量に売買しているのだから、変動があって当たり前なんです。円安から円高への揺り戻しも2〜3%の範囲にとどまり、輸出への好影響は衰えていません」


特集ワイド:続報真相 アベノミクスはピンチですか 「教祖」浜田宏一・内閣官房参与に問う− 毎日jp(毎日新聞) 特集ワイド:続報真相 アベノミクスはピンチですか 「教祖」浜田宏一・内閣官房参与に問う− 毎日jp(毎日新聞) 特集ワイド:続報真相 アベノミクスはピンチですか 「教祖」浜田宏一・内閣官房参与に問う− 毎日jp(毎日新聞)

最近株価の下げが大きいが、リーマン・ショック以降の米英の株価でも一時的な調整はあった。むしろ心配なのは、各種経済指標はかなり順調にもかかわらず、資産価格が一時より下がったくらいで日銀の追加緩和を求める声だ。

 そもそも株価は金融緩和での副産物にすぎない。バブル時に資産価格が上がったといって金融引き締めを行ったのが誤りなのと同様に、資産価格が下がったといって金融緩和するのも誤りである。短期的な資産市場の動きに右往左往せずに、じっくりと長期的な実体経済の動きを見守るほうがいい。


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ただ、前回の記事で取り上げた期待インフレ率の下落を見ていると、どうも僕はそこまで楽観的な見方が出来ないのです。


今回の決定会合で気になったのは、突然「固定金利オペ」の期間延長が焦点になったことでした。この「固定金利オペ」は「共通担保オペ」、「共通担保方式の資金供給オペ」とも呼ばれるのですが、日銀が国債などの資産を担保として、年率0.1%という低利で銀行に資金を貸し出す、資金供給策(オペレーション)です。このオペが2012年12月に導入されたときは、貸出期間は3ヶ月だったのですが、後に6ヶ月、1年と延長されていき、今回は2年に延長されるのではないかという観測が流れた訳です。ただ、3ヶ月なら短期の融資と考えて良いですが、2年まで延長されるとなるとかなり長期の融資であり、長期金利にも影響を与えてしまいます。


本来、今、黒田日銀が行っているようなリフレ政策が行われると、大量の国債購入により短期的には長期金利が下がりますが、長期的には景気回復に伴って長期金利は上がっていきます。しかし、この「固定金利オペ」があると、長期金利が上がろうとしてもこの「固定金利オペ」の金利0.1%がアンカーとなり、それ以上の金利で借りようとする金融機関がないため、長期金利が強引に抑えられる効果が出てしまいます。デフレ脱却で景気が回復する時に金利上昇を抑えてしまうと、景気が過熱しすぎてバブルが発生する可能性が大きくなります。*1そのため、デフレ脱却や景気回復に対する警戒が出て来るでしょう。
さらに、現在、金融機関が日銀に預けている超過準備には0.1%の利息(付利)が付加されていますが、「固定金利オペ」で借りた資金を超過準備にしてしまえば、金利はこの付利で相殺されるため、実質的にゼロとなります。
このように市場を歪めてしまう「固定金利オペ」の拡充を、黒田総裁が拒否したのは理解できます。ただ、この「固定金利オペ」は金融緩和策でもあるので、その拡充を拒否したことは、日銀のインフレ目標へのコミットを疑わせ、インフレ期待の低下や円高・株安を招いてしまったのでしょう。


この「固定金利オペ」は白川日銀時代に導入され、期間が延長されてきたものです。「日銀券ルール」にこだわり、長期国債の買い入れを増やしたくなかった当時の日銀が、それに替わる資金供給方式として導入したものですが、デフレ脱却という観点から見れば、固定金利という方式は筋が悪かったと言えるでしょう。
そして黒田総裁はその「負の遺産」に苦しんでいるということになります。


今回、突然「固定金利オペ」の期間延長が焦点になった理由は分かりませんが、もし黒田総裁のリフレ政策に反発した誰かがこれを仕掛けたのであれば、日銀が受け入れればデフレ脱却の障害になるし、受け入れなければデフレ脱却の期待を潰すことができるというこの策は、実に巧妙だったと言えるでしょう。

今後もこの「固定金利オペ」の扱いは難しいですが、国債買い入れなどの筋の良い資金供給策を拡充していく過程で、目立たないようにフェードアウトしていくというのが、良い方法だと思います。


田中秀臣氏は、この「固定資金オペの拡充」の背景に、債券利回りの上昇を抑えたい「国債利回り永久凍土主義」があるのではないかと言っています。

一昨日くらいから断続的にTwitterで書いたものを列挙しました。
「黒田総裁の信頼性崩壊」BY LARS CHRISTENSEN http://dlvr.it/3WDfKvを読んで。
 クリステンセンの指摘は、今回の株価の乱高下を、クルーグマンがそもそも指摘したリフレ・レジームの動揺に求める。理由は以下の三点。
1)甘利経産相の発言「長期金利が上昇しないようにするには国債への信認を高めることだ」が投資家たちに日本の金融政策の方向性を疑わせた
2)日銀の5月議事録から甘利発言と同じ趣旨の発言をする委員が大勢いた。これは日銀内部でインフレ目標の意義についての意見統一がないことを市場に伝えた。以下はクリステンセンの道草による訳文から。
 「言い換えると、一部の日銀委員は債券利回りの上昇を抑えたい、つまりは甘利大臣の懸念に対応する考えを持っているということだ。これを行うにはたった1つの方法しか存在しない。つまり、2年以内に2%のインフレを達成するというコミットメントを放棄することだ。インフレの上昇と債券利回りの不変というは明らかに同時には成立しない。黒田総裁が当初インフレ期待を押し上げるのに成功したからこそ、日本の債券利回りは上昇していた。そうした単純な話だ。」
*「債券利回り不変」を僕はしばしば冗談めかして「国債利回り永久凍土主義」と形容している。
3)さらに6月の決定会合の黒田総裁の記者会見は日銀の立ち位置を不明瞭にし、それがさらに株価の急減をもたらした
 3つの観点で最初の2つまでは意見同じ。まず甘利発言については、彼の反リフレ的発言に、僕らは(同じ趣旨をしばしば伝える麻生財務省とともに)慣れ過ぎて鈍感化していたが、一連のその種の発言(国債名目金利上昇を懸念)があったことは確かである。さらに二番目はまつたく同意。僕もこのとき(5月の方だが)の総裁記者会見について、新御用学者として初めて批判をここで口にしたのは皆さんも目撃したはず。
 しかも僕の怒りには経験的前提あり。クリステンセンはもちろん経験したことがないだろうが、この国債利回り永久凍土主義の使徒たる記者たちに「取材」をうけたことがある。そのとき彼らは明らかにふたつの意図をもってた。この二つの意図のうちひとつはここで書くのは控える。トークイベントでいうかもだが。ひとつは明らかに国債利回り永久凍土主義の策謀が日銀内で始まっているシグナルだった。
 その「策謀」にまんまと総裁が嵌ったように思えた。それに前後して、政府からは増税モードや、まったくダメな成長戦略が噴出。緊縮モードのメッセージとなりレジーム転換を揺るがす。3点目の論点については一昨日の政策決定については、総裁の信頼性の失墜とはいえないと思う。まだきわめて不十分だが、国債利回り永久凍土主義へのアクセルは回避できた。一昨日(金融政策決定会合の日)の日銀の決定はリフレ→反リフレへの傾斜→リフレというような感じで市場に不信を与えたのは確かだ。それの代償は、僕のおおざっぱな一昨日(金融政策決定会合の日)の発言「今週は1000円くらい落ちる」につながる。だが仕切り直しだともいえる。
 しかし払った代償は大きい。これ以上拡大しないためには、何度も何度も指摘しているように、日銀は繰り返し今後もインフレ目標(=リフレ政策)の意義を強調し、期待インフレ率の上昇にコミットする発言をすべてのチャンネル、新しいチャンネも創造しフル回転すべきだ。アイディアはすでにあるはずだ。例えば日銀のHPにリアルタイムの期待インフレ率の指標を構築すること(BEIだと感応度が大きすぎるので修正する必要がある:キプロスもイタリアのときも大きくふれすぎ。それが今回BEIだけみて追加緩和だ、と単純バカのようにいえない理由だ。昨日書いた)他には国債保有行への個別「相談」等だ。


リフレ・レジームは揺らいでいるか? リフレ・レジームは揺らいでいるか? リフレ・レジームは揺らいでいるか?



僕も白川時代の日銀は金利を低位安定することを隠れた目標としていたのではないかと考えています。当時の日銀の幹部や審議委員は黒田総裁になっても残っていますから、未だに「国債利回り永久凍土主義」にこだわっていても不思議ではないと思います。

この記事からは、白川前総裁が金融システムの安定にこだわった政策をしてきたことがうかがえます。白川総裁にとっては、金融システムの安定の方がデフレ脱却よりも大事だったのでしょう。
ただし資本主義においては、金融機関といえども企業ですから、経営を誤れば倒産すべきものです。金融システムの安定というのは、本来ならば少しくらい金融機関が潰れても、国全体の金融システムが動揺しないという状況を目指すべきでしょう。かつて導入されたペイオフ制度は、銀行が破綻しても一定金額までの預金は保全するという内容で、そのような状況を目指した政策の一つでしょう。
しかし先の記事からうかがえるのは、日銀はとにかく金融機関は潰させない、そのためには損をさせないという姿勢であり、白川前総裁は「金融機関の損失=金融システムの不安定化」と考えていたように思えます。
このような「金融システムの安定」という目的についての誤解が、白川前総裁がデフレ脱却に消極的だった理由なのでしょう。
長引くデフレの結果、金融機関は大量の国債を抱えていて、その運用が大きな収益源となっています。リフレ政策が行われると、短期的に現在起こっているように長期金利は下がりますが、やがてインフレ目標を達成すればインフレ率に合わせて長期金利も上がるでしょう。その時、国債の運用で収益を得ていて、一般の企業や個人への融資に消極的だった金融機関は、国債の値下がりで大きな損を抱えて経営が悪化します。白川前総裁は、このことを金融システムの不安定化と考えていたのでしょう。
ただし、金融機関の本来の仕事は集めた預金を企業や個人に貸し出すことで、資金を必要なところに供給して差益を稼ぐことですから、国債の運用で収益を得ているというのは、デフレによって強いられたおかしな経営形態です。日本経済がデフレを脱却するのであれば、金融機関もこのようなおかしな経営からは脱却して、本来の仕事に立ち返るべきでしょう。ただし、日本のすべての金融機関がそれに適用適応できるとは限らないので、いくつかは国債を抱えたまま経営危機に陥る金融機関も出てくるでしょう。白川前総裁はそれを恐れていたのではないでしょうか?


白川前総裁はなぜデフレを放置したのか - Baatarismの溜息通信 白川前総裁はなぜデフレを放置したのか - Baatarismの溜息通信 白川前総裁はなぜデフレを放置したのか - Baatarismの溜息通信



黒田総裁や岩田副総裁の誕生によって、リフレ派はリフレ政策を日銀に採用させることに成功しました。しかし、かつての日銀とリフレ派の戦いは、「国債利回り永久凍土主義」を巡る戦いに形を変えて、今も続いているのでしょう。残念ながら、リフレ派も黒田執行部もこの点に気づくのが遅れてしまい、対策を怠りました。その結果が現状の期待インフレ率の下落や株安・円高として現れたのだと思います。

P.S.

この動画が言うように、「戦いは続く」ですね。w


D

*1:1980年代後半のバブル景気も、プラザ合意後の円高不況を恐れた日銀が政策金利を低く抑えすぎたのが原因でした。