渡る世間は(財務省の)ポチばかり
前回の記事で取り上げた「安倍総理が消費税増税決定」の「誤報」ですが、その後報道はさらにエスカレートして、安倍総理が消費税増税を「決断」したという記事が「何度も」繰り返し報道されるという事態になってしまいました。
この件について、日本報道検証機構代表である楊井人文氏が、状況をまとめた記事を書いています。
主要各紙は先週までに、安倍晋三首相が来春の消費増税を「決断」したことを1面トップで相次いで報じた。しかし、安倍首相はまだ「増税を決断した」とは語っていない。(*1) この間、菅義偉官房長官は少なくとも3度の公式会見で「安倍首相はまだ決断していない」と指摘していた。にもかかわらず、各紙は、すでに増税を既定路線とみなしている。安倍首相が最終的にどのような発表を行おうとも、この間の増税「決断」報道の経緯は、記録にとどめておく必要があると思われる。
まず、主要メディアの報道をざっと振り返っておこう。報道に間違いがなければ、安倍首相は11日から20日にかけて、少なくとも4度(11日、12日、18日、20日)にわたり「決断」を繰り返したことになる。
(中略)
官房長官の否定発言は無視
これら報道の間に、菅義偉官房長官は繰り返し、安倍首相はまだ決断していないと説明していたが、そうした発言が報じられることはなかった。
(中略)
ソースの表示なき記事は「ゴミ箱行き」
安倍首相は自らの肉声で「決断」の意思を表示したわけではない。仮に会見等の場で表明していれば「〜を表明した」と報じられるし、一部の関係者に伝達していれば「決断したことを〜に伝えた」と報じられる。しかし、今回はどのメディアも「表明」「伝達」いずれの事実も報じておらず、「意向を固めた」「決断した」といった表現で報じていた。
「意向」とか「決断」とかいう内面的事実を、メディアは一体どのように確認したというのだろうか。さまざまな周辺情報(増税に備えた経済政策の検討を指示した等)から「決断している可能性が高い」と推測できるからといって、「決断した」と断定していいはずがない。
もし、「決断」の裏付けを取れたなら、その根拠となる事実関係や、ソース(情報源)を読者に示してしかるべきである。ところが、各紙の「決断」報道は、日経新聞だけが「複数の政府関係者によると」と書いたほかは、全くソースについて触れていなかった。単に「安倍首相は…決断した」とだけ書いて、根拠やソースは何も書かなかったのである。ソース情報は、読者に報道内容の信ぴょう性や情報源の意図を知る重要な手がかりとなるものだ。それを全く示さない記事は、「メディアが書いたものだから信じなさい」と一方的に事実認識を押しつけているとみられても仕方がない。
元日経新聞記者の牧野洋氏によると、こうした「出所不明記事」は英字紙では記事として扱ってもらえず「ゴミ箱行き」となるそうだ(『官報複合体』講談社)。仮に「政府関係者によると」と表記したとしても、あまりに漠然としすぎていてソースを示したとはいえないという。
(中略)
「決断」は早晩、国民の前に明らかにされることだった。各メディアがすべきことは、競って首相の心の中を読み取ることではなかったはずだ。この目下最大の政策テーマについて、「決断」が下されるギリギリまで、様々な観点で徹底的に分析し、分かりやすく論点を整理し、論者に議論を戦わせ、国民や政治家に有益な判断材料を提供し、自社の旗幟を鮮明にすること。10月上旬までにいろいろな観点で、紙面をにぎわせ、人々の「政策」に対する関心を高めることができたはずだ。
各紙が競ってした「決断」前倒し報道は、熟議の時間を減らす以外にいったい何をもたらしたのだろうか。
(中略)
(*1) 本記事掲載後、安倍首相が25日、訪米同行記者団に対し、「まだ消費税を引き上げるかどうか決めていない。さまざまな経済指標を分析しながら判断していきたい」と述べていたことが明らかになりました。「みちばな しとう」様、情報提供ありがとうございました。(2013/9/26 12:30追記)
消費増税報道を斬る(上)―安倍首相「決断」をめぐる異様な報道(楊井 人文) - 個人 - Yahoo!ニュース
このように、菅官房長官や安倍総理が繰り返し否定しているにも関わらず、マスコミは「安倍総理が消費税増税を決断」という記事を新聞やテレビニュースのトップで流し続け、総理や官房長官の発言は無視されています。
経済評論家の山崎元氏は、この記事を書かせたのは財務省だと推測していますが、誰が考えてもそれ以外の結論はあり得ないでしょう。
大新聞では、消費税率を来年度から8%に引き上げることが既に決まった事実のように報じられている。
先日は、社説で消費税率引き上げへの慎重論を述べていた『読売新聞』が、安倍晋三首相が税率を引き上げる「意向を固めた」と報じた。その後、『朝日新聞』も「消費税 来年4月8%」、「安倍首相が決断」とでかでかと1面トップで報じた。
残念ながら、両紙とも、何を根拠にそうだと判断したのかが書かれていない半人前の報道だが、これが日本の公開情報なのだから、仕方がない。
それでも分かるのは、誰かがこれらの記事を「書かせた」ということだ。読売・朝日がいかに偉くとも、根拠の全くない記事は書けない。首相側近の人物なり、関連する担当と責任を持つ官僚なりからの情報(非公式な談話で十分らしいが)がなければ記事は書けぬ。本件を主管するのは財務省だから、財務省の官僚ないしは、関係者が、大新聞に情報を流して、記事を書かせていると考えるのが普通の推測だろう。
【経済快説】引き上げ決定?の消費税 首相は財務官僚に従うだけでいいのか - 経済・マネー - ZAKZAK
以前、僕は財務省の「歳出権」の最大化という考え方の行き着くところは中国のような社会であると言いましたが、今のマスコミはすでに中国のような報道統制が実現してしまったと言えるでしょう。
*1
このように財務省が消費税増税にこだわる理由を考えると、「歳出権」の最大化という目標に行き着きます。そして、その「歳出権」の最大化という視点から様々な問題を考えると、これまでは見えなかった別の理由が見えてくると思います。
そのような考え方が行き着く先は、個人の権利が官僚の利権のために当たり前のように蹂躙される、今の中国のような社会ではないでしょうか。
「裁量権」のための消費税増税 - Baatarismの溜息通信
恐らく、財務省は安倍総理が土壇場になって消費税増税を撤回することがないように、マスコミを使ってすでに消費税増税が決まったような記事を書かせて、「外堀を埋める」作戦に出ているのでしょう。その手先となっているのが、麻生財務相、甘利経財相、野田自民党税調会長などの、財務省シンパの政治家達でしょう。このような政治家からリークされた情報を情報源として、やはり財務省シンパであるマスコミの記者達が、あのような「出所不明記事」を書き散らしているのだと思います。
また、前回の記事で書いたように、財務省は「歳出権」をちらつかせることで、自民党議員の大部分を消費税賛成にしてしまいました。これもまた「外堀を埋める」作戦でしょう。
自民党議員の多くは、特定の支持団体の支援で当選してきた議員です。そのような議員は自分の支持団体に予算を分配したいため、予算での「歳出権」を握る財務省に従いやすい傾向があるでしょう。また、消費税増税そのものにも賛成しやすい傾向があります。
そのような議員が多くを占める自民党を、消費税増税一色にするのは、財務省にとっては容易なことだったでしょう。その工作によって、安倍総理は「外堀を埋められた」のだと思います。
安倍総理は財務省の「歳出権」の前に屈するのか? - Baatarismの溜息通信
このように財務省はマスコミと自民党議員という二つの「外堀」(「外堀」と「内堀」と言うべきかもしれませんが)を埋めることで、安倍総理が消費税増税を余儀なくされる環境を作っているのです。まさに安倍総理の周りは財務省のポチばかりだと言えるでしょう。
そのような作戦の中心になっているのが、木下康司財務事務次官でしょう。昨年消費税増税法案が国会を通過したときは、当時の勝英二郎前財務次官が裏側で暗躍しましたが、今は木下康司財務事務次官が同じように政治の裏側で暗躍しています。まさに財務省の財務省による財務省のための消費税増税であり、もはや社会保障も財政再建も全く顧みられなくなってしまいました。これらの目的のために消費税増税が必要だと考えた人達は、財務省に騙されたと言うしかないでしょう。
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今、増税賛成派が主張しているのは「今から変更しては現場に混乱を招く」という理由ですが、そもそも今年10月に総理が最終判断するというのは昨年国会で法案が可決された時から決まっていたことですから、当然現場はそれを考慮すべきでした。だから「現場の混乱」を理由にした増税賛成論は、理屈が通っていないことになります。そんなことを言うのであれば、昨年法案が通る前に言うべきでした。これは財務省のバラマキ路線(エコヒイキ路線という方が適切でしょうが)のために、社会保障も財政再建も錦の御旗にできなくなった増税派が、苦し紛れに持ち出した理由でしょうね。
このように、昨年さんざん言われていた社会保障や財政再建といううわべの理由が、今ではすっかり消えてしまい、財務省の「歳出権」増大という真の理由がむき出しになってきました。そしてマスコミや政治家、さらには経済学者やエコノミストなど、財務省のポチとなったのが誰かなのかもはっきりしてきました。
来週中に安倍総理は消費税増税の最終決断をして、今度こそ「誤報」ではない本当のニュースが流れるでしょう。その決断はアベノミクスの行方を決め、今後の日本の政治や経済を左右するものになるでしょう。
今、消費税増税対策として、数兆円規模の公共事業や法人税減税が行われるという「出所不明記事」が出ています。その財源には今年になってからの税収増を充てると言われていますが、その税収はアベノミクスの「第一の矢」、すなわちリフレ政策がもたらしたものです。消費税増税による景気悪化を防ぐために、リフレ政策で得られた税収を充てるというのですから、このようなことが検討されているのであれば、長年リフレ派が主張してきたように、デフレ脱却を優先するリフレ政策が正しく、デフレ脱却前の消費税増税が間違いであることを示していると言えるでしょう。
ならば、消費税増税は先送りか増税幅圧縮をして、増税がデフレ脱却の邪魔をしないことが必要だと思います。昨年、野田政権が14年4月から3%の消費税増税を行うと決めたのは間違いでした。古来、「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」*2と言われています。安倍総理にはこの言葉の重みをもう一度考えて欲しいです。そして、野田民主党政権と谷垣自民党執行部がやってしまった過ちを正して欲しいと思います。
*1:余談ですが、マスコミを制圧した財務省が次に考えるのは、中国共産党と同じく、ネットの規制だと思います。消費税増税法案が可決されたときに裏で暗躍した勝英二郎財務事務次官が、今は日本有数のインターネットプロバイダーであるインターネットイニシアティブ(IIJ)の社長になっていますが、この天下りはネットの将来を考えると不気味な話だと思います。
*2:これは「論語」の言葉のようですね。http://homepage1.nifty.com/kjf/China-koji/P-011.htm