なぜ消費税増税延期と解散総選挙が連動したのか
11月18日、安倍総理は消費税の10%への引き上げを来年10月から1年半延期し、17年4月からの増税とすることを表明しました。また、同時に衆院を解散することを表明し、21日に衆院は解散され、12月14日に衆院選を行うことになりました。*1
その前日の17日に発表された7〜9月期の国内総生産(GDP)速報値は、事前の民間予測を大きく下回る年率換算1.6%減となっていて、消費税増税による景気後退の凄まじさを示したばかりでした。
この状況で消費税を再増税することは無謀としか言いようがなく、延期を判断したのは当たり前のことでしょう。ただし、これまでの政権ではしばしば当たり前のことが行われなかった事を考えれば、安倍政権の決定は賞賛されるべきだと思います。
17日に発表された7〜9月期の国内総生産(GDP)速報値が、事前の民間予測を大きく下回る年率換算1.6%減となり、国内のみならず海外にも衝撃が走っている。米国の著名な経済記者デイビッド・ウェッセルはツイッターで「リセッション(景気後退)!」と書いた。経済統計的にも2四半期続いての成長率の落ち込みはリセッションとなり、ショックを受けた東京株式市場でも日経平均株価の終値が前週末比517円03銭安の1万6973円80銭にまで落ち込んだ。
かねてから財務省や同省と近しい政治家、エコノミストたちは、「4月の5%から8%への消費増税による成長率反動減はせいぜい夏前までに終わり、その後日本経済は回復経路に乗る」と楽観的な見通しを示し、来年10月に予定される10%への再増税を正当化していた。しかし今回の実質GDP大幅減は、そのような楽観的な見通しがいかに間違ったものかを明らかにした。
景気後退局面か GDP速報値大幅減が示唆 消費増税で深刻な経済悪化を招いた財務省の罪 | ビジネスジャーナル
しかし、消費税増税延期は分かるとしても、なぜ同時に解散を行う必要があるのか、疑問に思っている方も多いと思います。
実はこのブログでは、昨年9月の消費税を8%に上げるかを判断する前の時期に、増税を延期するには解散総総選挙が必要だと書いたことがありました。
このように、自民党内部が消費税増税賛成一色では、安倍総理もその声を無視するのは難しいでしょう。
かつて、小泉総理は、自民党内部が郵政民営化反対一色の状況で、あえて郵政民営化を公約にして解散総選挙を行い、反対派を離党させて「刺客」候補を立てて追い詰め、その結果大勝しました。安倍総理が消費税増税反対を貫くのであれば、同じ事をやる覚悟が必要になるでしょう。
ただ、今は野党がボロボロの状況ですし、世論調査では消費税を8%に上げることについては反対の方が多いですから、そこまでやっても安倍総理は勝てるでしょう。ただ、その覚悟が安倍総理にはないのでしょう。
だから総理は増税実施に傾いているのだと思います。
安倍総理は財務省の「歳出権」の前に屈するのか? - Baatarismの溜息通信
この記事にも書いたように、自民党内部は元々財務省の影響下にある増税派が多数派で、増税に反対する勢力は少数派です。連立を組んでいる公明党も似たような状況でしょう。僕はこのような状況を打開して増税を止めるためには、郵政解散のような手法で強引に総理の言うことを聞かせるしかないと考えていました。
今回、11月に入ってから急に解散があるという観測が広がり、これまで予定通りの増税を主張していた議員達が一人残らず増税延期に賛成してしまったのは、まさにこの見方が正しかったことを裏付けていると思います。
今回の解散については様々な内幕記事が出ていますが、いずれも総理官邸と財務省や増税派の議員達の間で対立や政争があったことが書かれています。このような反対を押さえつけるための解散だったと言って良いでしょう。
解散決断の“裏事情” 反安倍派長老と野党の「消費税政局」阻止へ正面突破 (1/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK
ただ、今回の増税延期で一つだけ残念なのは、今回の増税延期の根拠となった景気条項の削除が決定されてしまい、今後は経済状況によって増税を延期することができなくなりそうなことです。大きな金融危機や大災害が起こったときは新規立法で延期すると安倍総理は言ってますが、今回の消費税増税による景気後退の大きさを考えると、2年半後に一度に2%も上げて大丈夫なのか、不安が残ります。
安倍晋三首相は18日夜、首相官邸で記者会見し、2015年10月に予定される消費税率10%への引き上げを1年半延期し、17年4月に変更するとともに、21日に衆議院解散・総選挙に踏み切る意向を正式に表明した。17日に公表した7〜9月期の実質国内総生産(GDP)が2四半期連続でマイナス成長となったことや、有識者による政府の点検会合での意見などを踏まえて最終判断した。ただ「再び延期することはない」と断言した。
17年4月の再増税に関しては「(経済情勢を踏まえて増税の可否を見極める)景気判断条項を付すことなく確実に実施する」と表明。2020年度の財政健全化目標は「しっかり堅持していく。来年の夏までにその達成に向けた具体的な計画を策定する」と述べた。
首相、消費再増税「景気条項付すことなく確実に実施」1年半延期で :税金HOTニュース :年金・保険・税 :マネー :日本経済新聞
安倍晋三首相は18日夜、TBSの報道番組に出演し、将来リーマン・ショック級の金融危機や巨大な天変地異が発生して消費税率10%引き上げを再延期する場合、「国会で議論して法律を新たに出す。めったに起きないが、そうなったらやるのは当たり前だ」と述べた。
首相は、消費税再増税の1年半延期と同時に、経済情勢が悪い時に消費税率引き上げを先送りできる消費税増税法の景気条項の削除を表明した。同番組では「今回のような景気判断をして先送りはしない」と語った。
時事ドットコム:金融危機なら増税再延期=法改正で対応−安倍首相
また、今回の選挙で与党が大きく議席を減らした場合、増税派の議員達もすでに賛同してしまった増税延期を覆すことはできないでしょうが、その代わりに倒閣運動が広がる可能性もあります。前回の記事にも書いたように、今後、日銀にリフレ政策に賛同する審議委員を送り込むためには、安倍政権が存続する必要がありますから、今後も安倍総理が与党内部を掌握できるかが焦点となるでしょう。
今回は解散総選挙について論じてきましたが、ここまでの話で出てきたのは与党内部や財務省との対立の話ばかりで、野党の話が全く出ていません。今回の選挙は与党が議席をどれだけ減らすのかは注目されても、野党がどれだけ議席を増やすかはほとんど注目されていません。
2012年の年末、民主党政権が崩壊して安倍政権が誕生した頃に、僕はこんな記事を書いたことがあります。
このように振り返ってみると、リベラル左派政権だったはずの民主党政権は、結局リフレ政策に否定的で、消費税増税を進めて、リーマンショック以降の日本経済を衰退させてしまいました。一方で、自民党の中でも右派と言われる安倍氏は、リフレ政策を推進し、消費税増税にも慎重です。
しかし考えてみれば、リフレ政策そのものは需要管理政策ですから、本来はリベラルな政策だと言えるでしょう。アメリカでも、この政策を理論づけたポール・クルーグマン教授は、リベラル派の代表的な学者です。
ところが日本では、リベラルな政策のはずであるリフレ政策や公共事業を右派が推進するという、ねじれた構図になっています。
なぜこうなってしまったかと言うと、日本ではリベラル・左派の経済学に対する無理解があまりにも酷く、その影響を受けていた民主党の議員達が、財務省や日銀の説明をあっさりと受け入れてしまったのでしょう。id:finalventさんが今日のブログで日本のリベラルや知識人を批判していましたが、僕もそれに同感します。
(中略)
一方、右派は中国や韓国の台頭に対する危機感もあって、日本経済の立て直しを本気で考えざるを得なくなり、リフレに好意的になってきたのだと思います。安倍総理自身は前回の政権の頃から、高橋洋一氏を起用するなどリフレに近い立場でしたが、最近はそれが右派に広く広がってきたように思います。
安倍政権のような右派政権は、生活保護などの社会保障削減や、教育政策にトンデモな考え方が入り込む、マンガやアニメなどの表現規制が強まるのではないかという懸念もあるので、一概に歓迎ばかりもできないのですが、ここまでリベラル・左派の経済音痴が酷いと、他に選択肢がなくなってしまいます。
今年の民主党の迷走と崩壊は、そのことをはっきりさせてしまったのだと思います。
2012年を振り返って - Baatarismの溜息通信
ここに書いたように、あのとき日本はリベラル・左派という政治的選択肢を失ってしまったのだと思います。その理由は、リベラル・左派が本来自らのものであるはずのリフレ政策を否定し、安倍政権がリフレ政策を取り入れて、(少なくとも消費税増税までは)景気を回復させてきたことにあると思います。
リベラル・左派の人達がその過ちに気づかない限り、日本がリベラル・左派という政治的選択肢を取り戻すことはないでしょう。
そこに気づかずに安倍批判を繰り返している勢力は、いずれ消費税増税に邪魔な安倍総理を排除しようとする財務省に利用されるだけでしょう。財務省は消費税増税を10%で終わらせるつもりは全くないのですから。
11/24 補足その1
この記事の最後でポール・クルーグマン氏の話を出しましたが、今回の消費税増税延期の判断でも、クルーグマン氏は安倍総理に増税延期を助言してます。
本来ならばリベラル派であるクルーグマン氏が、米国のリベラル派からは歴史修正主義者という批判をされている安倍総理に助言するというのは奇妙な話なのですが、日本のリベラル派や左派がクルーグマン氏の声に耳を貸そうとしないために、このようなことになっているのでしょう。
日本の「リベラル」というものが、いかにアメリカのリベラルと異なっているかを示す、良いエピソードだと思います。
11月6日(ブルームバーグ):米国の経済学者でノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が6日、安倍晋三首相と会談し、2015年10月からの消費税率10%への引き上げを先送りするよう促した。本田悦朗内閣官房参与がブルームバーグ・ニュースの取材に明らかにした。
本田氏によると、クルーグマン氏は予定通りに増税した場合にアベノミクスが失敗する可能性を指摘。これに対し、安倍首相は自分の考えは明言しなかった。会談には本田氏のほか、浜田宏一内閣官房参与も同席した。
首相は7−9月期の国内総生産(GDP)などを見た上で、年内に最終判断する意向。本田氏や自民党の山本幸三衆院議員は1年半延期するよう求めている。本田氏によると、クルーグマン氏は安倍首相との会談で、いつまで延期すべきかについては言及しなかった。
クルーグマン氏が安倍首相に消費増税延期を促す−本田内閣官房参与 - Bloomberg
11月21日(ブルームバーグ):ノーベル経済学賞受賞者、ポール・クルーグマン氏の訪日予定を耳にした際、本田悦朗内閣官房参与は、再増税をめぐる議論を慎重派に有利な方向に導く好機が到来したと思った。
安倍晋三首相にとって、消費税率を2015年10月に10%に引き上げることの是非を決断する期限が近づきつつあった。今年4月の8%への引き上げの影響で、日本の景気は四半期ベースとして世界的な金融危機以降で最も深刻 な落ち込みに見舞われ、その後の回復の足取りもおぼつかない状況だった。
安倍首相と30年来の知己である本田氏(59)は、4月の増税反対に続き、15年の増税延期を首相に助言。そこに登場することになったのが、自身のコラムで日本の増税延期が必要な理由を説いていたクルーグマン氏だった。
本田氏は20日、オフィスを構える首相官邸でインタビューに応じ、「あれが安倍総理の決断を決定づけたと思う。クルーグマンはクルーグマンでした。すごくパワフルだった。歴史的なミーティングと呼べるものだった」と、首相とクルーグマン氏の会談を振り返った。
クルーグマン氏が決定的役割−安倍首相の増税延期の決断で - Bloomberg
11/24 補足その2
今回の記事で僕が言いたかったことを、より詳しく言っている記事を紹介しておきます。
長谷川幸洋氏は、今回の消費税増税延期と解散総選挙の可能性を最も早く主張したジャーナリストであり、高橋洋一氏は財務省が政治家、エコノミスト、マスコミ、経済学者などに利益供与を行うことで、自らの代弁者としていることを長年主張している学者です。高橋氏は元財務官僚であり、その内側を熟知していることでも知られています。
増税派たちは「解散」で総崩れ 安倍首相が削除表明した「景気条項」とは何か | 長谷川幸洋「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]
衆院解散「大義なし」批判は財務省からのアメを失った増税派の遠吠えにすぎない! | 高橋洋一「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]