Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日銀の「見かけ倒し」の金融緩和

10/5の政策決定会合で、日銀は金融緩和措置を行いました。国債買い入れを通貨発行量以下とする「銀行券ルール」の枠外で、国債などの金融資産を買い入れる基金を創設するなど、これまでの日銀の緩和策にない政策が盛り込まれており、市場には驚きを持って迎えられました。「実質ゼロ金利」と報じた報道も多数見られました。

[東京 5日 ロイター] 日銀は5日、政策金利の誘導目標の引き下げを含む、3点の包括的金融緩和措置を発表した。政策金利については、無担保コール翌日物金利の誘導目標を0─0.1%程度で推移するように促す決定を行った。

 固定金利での共通担保資金供給オペの金利、補完当座預金制度の適用利率については0.1%に据え置いた。

 2点目として「中長期的物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続するとし、時間軸を明確化した。

 また3点目として、国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託ETF)、不動産投資信託(J─REIT)など多様な金融資産の買い入れと、固定金利方式・共通担保資金供給オペを行うため、臨時措置として、バランスシート上に基金を創設することを検討するとした。この措置は長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促すためだが、日銀では「異例の措置」と指摘した。

 基金の買い入れで保有する長期国債は「銀行券発行残高を上限に買い入れる長期国債とは区分したうえで、異なる取り扱いとする」として、基金で買い入れる長期国債は銀行券ルールの対象外とした。

 基金の規模は、買い入れ資産(5兆円程度)と、固定金利方式・共通担保資金供給オペ(30兆円程度)を合わせて、35兆円程度を軸に検討するという。買い入れ資産については、買い入れ開始から1年後をめどに、長期国債及び国庫短期証券は計3.5兆円程度、CP、ABCP及び社債は計1兆円程度、総計で5兆円程度となるよう買い入れを進めることを検討するという。また買い入れる長期国債社債は残存期間1─2年程度を対象とする。

 なお、須田美矢子審議委員は基金創設に関し、国債を買い入れ対象資産として検討することに反対した。


UPDATE2: 無担保コール翌日物金利の誘導目標を0─0.1%程度に促す、全員一致で追加緩和決定=日銀 | Reuters UPDATE2: 無担保コール翌日物金利の誘導目標を0─0.1%程度に促す、全員一致で追加緩和決定=日銀 | Reuters



しかし、その後円相場が1ドル81円台に達するなど、どうも金融緩和の効果が大して上がっていないように思われます。これは何故なのでしょうか?

【NQNニューヨーク=増永裕樹】8日のニューヨーク外国為替市場で円相場は4日続伸し、前日比50銭円高・ドル安の1ドル=81円85〜95銭で取引を終えた。一時は81円72銭まで上昇し、1995年4月下旬以来、約15年5カ月ぶりの円高・ドル安水準を付けた。朝方発表の9月の米雇用統計が市場予想より悪化し、米国の追加金融緩和の実現性が強まった。日米金利差が縮小するとの見方から円買いを呼び込んだ。


円続伸、81円85〜95銭 NY市場終値  :日本経済新聞 円続伸、81円85〜95銭 NY市場終値  :日本経済新聞



僕が見たところ、今回の日銀の緩和策にはいくつかの問題点があり、効果を削いでしまっているように思います。先のロイターの記事には「3点の包括的金融緩和措置」とありましたが、この3点全てに重大な問題点があります。


まず、金利についてですが、先のロイターの記事には「政策金利については、無担保コール翌日物金利の誘導目標を0─0.1%程度で推移するように促す決定を行った。」とあります。無担保コール翌日物金利というのは、金融機関の間で1日だけ資金を貸すときの金利であり、一般的にはこれが金利の下限となります。これまでの誘導目標は0.1%で、今回は誘導目標のレンジの下限が0%になったので、これだけ見ると「実質的なゼロ金利政策」のように見えます。
しかし、ロイターの記事にはそれに続いて「固定金利での共通担保資金供給オペの金利、補完当座預金制度の適用利率については0.1%に据え置いた。」と書かれています。「共通担保資金供給オペ」というのは国債などを担保にして日銀が資金を貸し出すことです。また補完当座預金制度については、日銀のホームページに次のような説明があります。

日本銀行が金融機関等から受入れる当座預金のうち、いわゆる「超過準備」(準備預金制度に基づく所要準備を超える金額)に利息を付すもの。利率は、日本銀行が金融市場調節方針において誘導目標として定める無担保コールレート(オーバーナイト物)の水準から日本銀行が定める数値(いわゆるスプレッド)を差し引いた利率(ただし、当分の間は年0.1%)。


補完当座預金制度:日本銀行 補完当座預金制度:日本銀行



銀行や信用金庫など預金を取り扱う金融機関は、貸し出しを増やしすぎて預金を下ろせなくなることを防ぐために、預金の一定割合を日銀の当座預金口座に預けることを義務づけられています。これを準備預金制度と言い、義務づけられている金額を所要準備額と言います。本来、この預金は無利息なのですが、現在、日銀は所要準備額を超える当座預金に0.1%の利子を付けています。これを補完当座預金制度と言い、所要準備額を超える当座預金を超過準備額、付けた利子を付利と言います。金融機関から見れば、当座預金の金額を増やすだけで0.1%の利子が付きますから、これ以下の利率でお金を貸す必要がなくなってしまい、これが金利の下限となります。
実際には日銀の当座預金口座を利用できない金融機関もあるので、無担保コール翌日物金利が0.1%以下になることもありますが、それでも0.1%からあまり大きくは下がらないでしょう。
従って、超過準備に対する0.1%の付利がある限り、政策金利がゼロに近づくことはないでしょう。


次に、ロイターの記事には「2点目として「中長期的物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続するとし、時間軸を明確化した。」と書かれています。この「中長期的物価安定の理解」は2006年3月に量的緩和政策を解除する際に公表され、その後2009年12月に改定されたものです。

12月18日(ブルームバーグ):日銀は18日午後、同日開いた金融政策決定会合で、政策金利を0.1%前後に据え置くことを全員一致で決定した、と発表した。日銀は決定会合で「中長期的な物価安定の理解」について検討し、「委員会としてゼロ%以下のマイナスの値は許容していない」ことを表明した。
日銀は2006年3月に量的緩和政策を解除する際、「中長期的な物価安定の理解」を公表。これまでは「消費者物価指数(CPI)の前年比で0−2%程度の範囲内にあり、委員ごとの中心値は大勢として1%程度」としていた。今回はこれを「CPIの前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」に修正。0%以下のマイナスを許容しない姿勢を新たに打ち出した。


日銀:デフレ脱却へ0%以下許容せず-物価安定の理解明確化(Update4) - Bloomberg.co.jp 日銀:デフレ脱却へ0%以下許容せず-物価安定の理解明確化(Update4) - Bloomberg.co.jp



これを見ると、日銀はデフレを許容していないように見えるのですが、実は消費者物価指数(CPI)には実際のインフレ率よりも1%程度高い値が出る傾向(バイアス)があります。従って、デフレを許容しないのであれば、CPIの下限は1%とすべきなのですが、日銀はこのCPIのバイアスを無視してしまっています。
また、この「中長期的な物価安定の理解」はインフレ率の目標でありませんから、実際のインフレ率がこの数字を下回っても、日銀が責任や説明責任を負うことはありません。この点が中央銀行に目標を達成できない場合の責任や説明責任を追わせているインフレ目標政策とは異なります。


最後にロイターの記事では「また3点目として、国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託ETF)、不動産投資信託(J─REIT)など多様な金融資産の買い入れと、固定金利方式・共通担保資金供給オペを行うため、臨時措置として、バランスシート上に基金を創設することを検討するとした。この措置は長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促すためだが、日銀では「異例の措置」と指摘した。基金の買い入れで保有する長期国債は「銀行券発行残高を上限に買い入れる長期国債とは区分したうえで、異なる取り扱いとする」として、基金で買い入れる長期国債は銀行券ルールの対象外とした。」とあります。
これまで、国債買い入れを通貨発行量以下とする「銀行券ルール」が金融緩和に制限を課しているとして、日銀は批判されてきました。その「銀行券ルール」の枠外で金融資産の買い入れや資金供給オペ(貸し出し)を行い市場に資金を供給することは、評価できるでしょう。
ただし、この部分にも次のような但し書きがあります。「基金の規模は、買い入れ資産(5兆円程度)と、固定金利方式・共通担保資金供給オペ(30兆円程度)を合わせて、35兆円程度を軸に検討するという。買い入れ資産については、買い入れ開始から1年後をめどに、長期国債及び国庫短期証券は計3.5兆円程度、CP、ABCP及び社債は計1兆円程度、総計で5兆円程度となるよう買い入れを進めることを検討するという。また買い入れる長期国債社債は残存期間1─2年程度を対象とする。」
今の日本のように、金利をこれ以上下げられない「流動性の罠」の状況では、現金と短期国債はほぼ等価の資産となり、中央銀行が短期国債を購入して資金を市場に出しても大した効果はありません。これを避けるためにはできるだけ長期の国債を買う必要があるのですが、今回の日銀の措置では「残存期間1─2年程度を対象とする」となっているので、実質的には短期国債を買っているのと変わりありません。だから、長期国債を購入対象から除外している日銀の措置には問題があるでしょう。*1
また、5兆円の買い入れ規模も「買い入れ開始から1年後をめどに(中略)買い入れを進める」とありますので、即効性は期待できません。
さらに、エコノミストの片岡剛士氏は、買い入れ規模も少なすぎると指摘しています。

だが、問題はその規模である。5兆円とは少ない。というのは直近時点のマネタリーベース(平残)は98兆円であり、5兆円はマネタリーベースの5%であること、そして買入れの開始から1年後を目処に5兆円の買入れを完了させるという記述があるためである。これはマネタリーベースの5%程度の規模の金融緩和を1年かけて行うという意味であって、「思い切った措置」とのふれこみの割には期待はずれの内容である。デフレが懸念される米FRBのマネタリーベース前年比は17%程度であるが、これは量的緩和政策時の我が国のマネタリーベースの伸び(15%程度)を上回る。そして、直近時点の日銀のMBの前年比は5.8%なので、仮に5兆円の買入れを1ヶ月かけて行ったとしても米FRBのマネタリーベースの伸びはおろか量的緩和時のマネタリーベースの伸びにも届くことはない。いわんや1年、といったところか。結局、敢えて言えば買取り額が10倍であっても違和感はない水準だろう。


日銀政策決定会合の結果についての雑感 · 明暗 日銀政策決定会合の結果についての雑感 ·  明暗



このように、細かく見ていくと次から次へと金融緩和を骨抜きにしかねない制限が出てくるのが、今回の日銀の緩和策です。これでは大した効果は期待できず、円高が止まらないのも道理と言えるでしょう。
片岡氏は「見掛け倒し」の緩和策と表現していますが、僕も同じような感想を持っています。

以上、簡単に日銀が新たに決定した三つの措置について、概要と雑感を書いてみたが、金融緩和策の中身を子細に見ると、「見掛け倒し」の緩和策であることは明白だろう。勿論やらないよりはましだが。楽観的に考えれば、今回の措置は今後行うであろう量的緩和策への地ならしという見方もできる(?)のかもしれないが、過去の経緯を考えるとしぶしぶ対応したのではないかと思わざるをえない。


日銀政策決定会合の結果についての雑感 · 明暗 日銀政策決定会合の結果についての雑感 ·  明暗

*1:実は日銀は以前から、長期国債の中でも残存期間の少ない物を選んで買い取っています。http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1