Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日本はインフレかデフレか?

インフレ万歳! 食料や石油の価格急騰、そして信用収縮を発端にした経済停滞。両方の組み合わせは、世界のほとんどの国にとっては、良くないことなのだが、しかし日本は違う。過去10年近くデフレのぬかるみにはまっていた日本にとって、今の状況は価格の持続的上昇の予想を確立するのに、いい機会だ。

スパゲッティや石油、そして色々な食料品の価格急騰によって、2008年3月の全国消費者物価指数は前年同月比で1.2%も大幅上昇した。ほとんどの先進諸国の中央銀行が容認可能として設けているインフレ率の幅は1〜3%なので、それに比べれば低いのだが、しかしそれでも過去10年の日本ではなかったほどの高いインフレ率だ。

消費者物価の高騰それ自体は、日本経済にとって悪要因だ。1円の購買力は低下し、日本の消費者も企業も前より厳しい経済状態にある。食料品とエネルギーを除くコアインフレ指数は、前年比0.1%に留まっているものの、傾向としては緩やかに上昇している。

しかし消費者物価指数の上昇は実質金利の下落を示唆するので、これはチャンスだ。名目金利が0.5%で維持される間は、実質金利はマイナスとなる。それによって、経済活動は刺激され、価格上昇が今後も続くとの予想が形成される。

予想インフレの調査測定結果はすでに、価格上昇を幅広く示している。消費者はドーナッツや航空チケットや石油の価格高騰を、敏感に察知している。一方で国債価格から見る将来のインフレは、最小限にとどまっている。

持続的なインフレの実現には、賃金増加と消費者支出拡大の循環が必要だ。賃金増加率が上がっていると期待できる前向きな材料はいくつかある。危ないのは、価格安定に熱心すぎる日本銀行が、金利引き上げでこの成長を押しつぶしてしまわないかどうかだ。

日銀は、こう自問しなくてはならない。現在の緩やかな価格と賃金のインフレが、2年後の物価安定を果たして脅かすだろうかと。まともな答えはただ1つ。「ノー」だ。円高は、輸出拡大を緩やかに抑制するだろう。米国経済、世界経済の失速も同様だ。そして内需と対日投資の伸びはそれほどでもないので、経済規模を追い越してしまうほど伸びるということもない。

日銀は4月30日の金融政策決定会合で、金利据え置きと判断するものと見られている(訳注・日銀は政策金利据え置きを決めた)。しかし判断を説明するにあたっては、緩やかなインフレ予想が安定するまで、今後もしばらくは金利を据え置くつもりだと示唆するべきだ。しかしそれはありえないだろう。インフレに関する日銀の保守ぶりというのは、極端なものだからだ。しかし日銀は今、成長を促すチャンスを得ているのだ。せっかくのチャンスをふいにしてはいけない。

http://news.goo.ne.jp/article/ft/business/ft-20080501-01.html



すでにあちこちのブログで取り上げられてますが、フィナンシャル・タイムズ紙が社説で、最近の食料や石油の価格急騰は、デフレに苦しんできた日本にインフレをもたらしたと歓迎してます。
しかし、これは本当に歓迎すべき出来事なのでしょうか?


フィナンシャル・タイムズ紙ではCPIの上昇を見てインフレだと言っていますが、実はもう一つの物価指標であるGDPデフレーターは、逆に下落しています。

(08/02/28)消費者物価上昇でもデフレ脱却はまだ先(新家義貴氏)

新家義貴・第一生命経済研究所 主任エコノミスト
 消費者物価指数の上昇率が拡大している。2007年12月の消費者物価指数(生鮮食品を除く、以下CPI)は前年同月比0.8%と、11月の同0.4%から伸びを高めた。9月にはまだマイナスだったことを考えると、上昇ペースは比較的速いといえるだろう。足元で原油価格の高止まりが続いているほか、食料品価格の値上げ報道が相次いでおり、今年の3〜4月頃には上昇率が前年比で1%を超える可能性も十分ある。こうした状況を受け、新聞や雑誌などでは「インフレ」あるいは「スタグフレーション」といった文字が躍るようになってきた。世間一般の感覚からすれば、現状が「デフレ」状態であるという政府の認識に違和感を覚えるかもしれない。


 こうしたCPI上昇の一方で、もう1つの代表的な物価指標である国内総生産(GDP)デフレーターは下落が続いている。2007年10−12月期のGDPデフレーターは前年同期比マイナス1.3%で、7−9月期のマイナス0.6%から下落幅が大きく拡大した(図表1参照)。この2つの物価指標の乖離(かいり)は何を意味するのだろうか。


http://bizplus.nikkei.co.jp/keiki/img/080228_1.gif


原油価格上昇を転嫁できない企業部門


 この乖離をもたらしているのは、原油価格を中心とする輸入価格の上昇である。輸入価格の上昇は、CPIでは上昇要因となるのに対して、GDPデフレーターでは下落要因としてとらえられるためである。

 GDPデフレーターは名目GDP/実質GDPとして表され、GDPは国内需要に輸出を加え、輸入を差し引いたものとして表される。ここで、実質GDPが変わらない状態の下で原油価格が上昇し、輸入金額が増加した場合を考えてみよう。輸入コストの増加を企業が販売価格に完全に転嫁できた場合には、国内需要や輸出も同じだけ増加するためGDPデフレーターは変化しない。また、輸入コストの上昇分に加えて国内要因による物価上昇がある場合には、GDPデフレーターは上昇する。しかし、十分に転嫁できていない場合には、控除項目である輸入増の影響により、分子である名目GDPが減少するためGDPデフレーターも低下することになる。このように、GDPデフレーターによって、輸出入物価の要因を除いた国内要因による物価上昇(ホームメイドインフレ)を把握することができる。

 結局、足元におけるGDPデフレーターの下落幅拡大は、輸入価格の上昇が最終価格に十分に転嫁できずに付加価値が減少していることを意味しており、企業にとっては採算性の悪化と企業収益の押し下げとして影響が表れる。このことは、「原油価格の大幅な上昇によって輸出価格以上に輸入価格が上昇し、諸外国との交易条件が悪化している」ことをGDPデフレーターが反映していると言い換えることもできる。

ビジネス : 日経電子版



輸入価格の上昇によってGDPデフレーターが減少する理由については、この新家義貴氏の解説だけではなく、飯田泰之氏の記事でもわかりやすく解説されています。

さて、ここで直近の消費者物価指数上昇の問題に戻りましょう。

現在消費者物価指数が上昇しているのは、日本人の多くが働く国内企業の生産活動への評価額が上昇したからではありません。日本企業も、日本政府にとっても「どうにもならない理由」によって原油価格が高騰したためです。したがって、この種の消費者物価指数上昇はけして望ましいものではないわけです。

原油価格高騰による消費者物価上昇は「望ましいものではない」というよりも「極めて有害」です。現代では石油エネルギーなしでは生産も生活もやっていくことができません。すると、石油関連製品にお金を使ってしまった結果、その他の対象への支出は切りつめられることになります。

この「その他の対象」こそが「日本国内の企業[*5]が付け加えた価値部分」に他なりません。石油価格の上昇は「日本国内の企業が付け加えた価値」への評価額を低下させることを通じ、企業、さらには家計を苦境に立たせることになります。

「日本国内の企業が付け加えた価値部分」の評価額を表す物価指数がGDPデフレーターです。日本企業や日本政府の努力では変化させることのできない部分を多く含む消費者物価指数政策論争をするのは適切ではないでしょう。「デフレが悪い」とか「インフレがよい」といった話をする場合はGDPデフレーターで考える必要があるのです。

ただし、GDPデフレーターは3ヶ月に1度しか計算されない、速報性がないといった問題があります。その場合にはせめて、消費者物価指数のうち生鮮食品と石油関連製品を除いたコアコア指数を用いて議論を進める必要があるでしょう。

現在の日本では、消費者物価指数の上昇によってGDPデフレーターが低下している状況です。経済政策、とくに金融政策を巡る論争はGDPデフレーターを用いて(せめてコアコア指数を用いて)行わなければなりません。論争、そして思考はその目的に適した定義に従って行う必要があるのです。

http://wiredvision.jp/blog/iida/200802/200802100039.html



つまり、輸入価格の上昇は価格全体ではインフレをもたらしますが、輸入製品の消費額を増大させる結果、日本国内で生み出された財やサービスについては需要を減退させ、逆にデフレをもたらすことになります。新家義貴氏の記事のグラフが示す、コアCPIとGDPデフレーターの相反する動きは、これで説明できるでしょう。
飯田泰之氏の記事にあるように、政策論争をするにはGDPデフレーターの方が適切ですから、フィナンシャル・タイムズ紙も今後の日本経済の行方を論じるには、CPIやコアCPI*1ではなく、GDPデフレーターを元にするべきでしょう。そうなると、今のCPIやコアCPIベースのインフレは、日本にとって歓迎すべきものではないことになります。


さらにインフレ期待を示すブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)を見ても、今年の3月に急降下して、ゼロ近辺まで落ち込んでいます。これは市場も将来のデフレを予測しているということでしょう。*2


ブレーク・イーブン・インフレ率の推移(日本相互証券(株)より)


ただ、一方で景気ウォッチャー指数や賃金上昇率には上昇が見られるそうです。特に賃金上昇率は非正規雇用割合の減少によるものだそうです。

●消費者心理には意外な反応も


景気が足踏みしている状態で生じた物価上昇は、最悪、スタグフレーションを招く恐れ
がある。不況下で、物価上昇と金利上昇が同時進行するとなれば、企業も家計も政府も文
字通りお手上げとなってしまうだろう。
ところが不思議なことに、景気ウォッチャー調査の現状判断指数は2 月、3 月と連続し
て上昇している。本誌でも何度も紹介している通り、2000 年の調査開始以来、日本経済の
細かな景況感の変化をもっとも的確に示してきたアンケート調査である。


○景況感は2月に底入れ?


http://www.nikkei.co.jp/keiki/graph/keikiy.gif


街角景気指数の不思議な「底入れ模様」に対し、「この冬の寒さのために衣料がよく売れ
た」「ギョーザ事件の余波で、高い国産食品がよく売れた」といった解釈がなされている。
確かにこれが一時的な反転で終わる可能性も少なくないが、「物価上昇が消費者心理にプ
ラス効果をもたらしている」ことも考えられないだろうか。
つまり、これまで「デフレモード」が10 年以上も続いてしまったために、メーカーや流
通は「最終商品価格を上げてはいけない」という強迫観念に縛られてきた。価格を上げな
いためには、人件費を抑えなければならない。ここ数年、企業収益は空前の水準だと言わ
れながら、賃金はなかなか上昇しなかった。お陰で、景気が「いざなぎ超え」をする中に
あっても、個人消費には本格的に火が点かず、「実感なき景気回復」などと言われてきた。
しかしこれだけ海外発の資源高が押し寄せてくると、そうも言っていられなくなる。も
う我慢できませんとばかりに、最終製品価格が上がり始める。その過程においては、以前
に比べて賃上げがやりやすくなる。人件費も、コストの上昇分として商品の最終価格に上
乗せしてしまえばいいのである。
景気ウォッチャー指数の改善は、長きにわたって日本経済を支配してきた「デフレ心理」
が終わり始めたことを反映しているのではないか。そうだとすれば、物価上昇は悪いこと
ばかりではないはずである。

溜池通信vol.389(特集:物価上昇下の日本経済)

日本の相場が長持ちすることを願いますが、賃金上昇率がやや高まってきているので、この点がリスク要因となるかもと思い、簡単に見てみました。
賃金上昇率の加速は、内需の持続的拡大につながる一方で、ULCのプラス転換→先行きのデフレ脱却→金利正常化路線の復活、となるでしょう。相場を考える上では、見過ごせない変化だと思います。


(参考)みずほ総研: [雇用・賃金関連統計(2008年3月)]


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白川総裁は足もとの物価上昇を容認する姿勢を示しました。
おそらくその理由は、資源・食料価格上昇(供給ショック)による物価上昇は一過性である蓋然性が高いという判断が1つ。加えて、コアコアCPIはゼロ水準であること、賃金上昇率が低いこと、ULCがマイナス圏にあること、といった日本の物価の基調判断があると思います。

だけど、賃金上昇率は1-3月平均で+1.4%とやや高い伸びとなってきました。
この賃金上昇率の高まりが続くようならば、日銀の姿勢が変わってくる可能性がある。
http://img.doblog.com/73000/u72014/1000/FI447_2E.PNG

賃金上昇の要因の1つは、みずほ総研さんも指摘しているとおりパート比率が低下していることがある。パートの賃金水準は一般労働者よりも低いので、パート比率が低下するとそれだけで平均賃金が上昇することになる。

僕もパート要因を抽出してみました。
ここでは、パート比率の変化と業種間の雇用シフトのクロスセクション分析をやってます。
http://img.doblog.com/73000/u72014/1000/FI447_3E.PNG

これで見ると、パート比率の変化要因はみずほ総研さんの分析よりもちょっと大きめですね。
1-3月の現金給与総額の上昇率+1.4%のうち、パート比率の変化要因が+0.56%p、業種間シフトが+0.18%p、この2要因を除いた修正後の上昇率は+0.7%となります。
業種間シフトでは、賃金水準が高い金融・保険業情報通信業での一般雇用の増加が押し上げています(1-3月の一般雇用はそれぞれ+6%、+5%)。

この2要因のほかに、展望レポートが指摘したように団塊退職がピークアウトしつつあり、2007年とは逆に2008年では団塊退職が平均賃金の押し上げ要因となっている可能性もあります。

このように見てみると、1-3月の現金給与総額が+1.4%の上昇となったといっても、その基調は+0.5%程度のとても緩やかな上昇にとどまっていると見るべきではないかと、僕は思います。

しかし、これらの要因を除いて見ても、賃金上昇率は緩やかに高まっているのかもしれません。
また、賃金水準が高い業種での雇用が増加に転じたということは、日本の労働市場が正常化しつつあることを示しています。低賃金の雇用ばかりが増えるというのは、ゆがんでいますからね。

Doblog - グラの相場見通し - 日本の労働統計?・・・日銀の姿勢を左右するリスク要因



この景気ウオッチャー調査や賃金上昇率の改善が景気回復を反映したものならば、やがてはGDPデフレーターやブレーク・イーブン・インフレ率も改善に向かい、日本はデフレから抜け出すことになるでしょう。もちろん、政府や日銀の政策が景気の足を引っ張らなければ、という条件付きですが。
日本の将来のためにも、この改善の兆しがさらに伸びていくことを願うところです。

*1:生鮮食品を除いたCPI

*2:フィナンシャル・タイムズ紙の社説にある「一方で国債価格から見る将来のインフレは、最小限にとどまっている。」というのは、このことなのでしょうか?