Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

「私刑化」する社会についての日韓比較

毎日新聞の「WaiWai」問題について、藤代裕之さんがガ島通信で、このような記事を書いていました。

毎日新聞の英語版サイト「Mainichi DailyNews」のコーナー「Wai Wai」で変態的ニュースを5年近く配信し続けていた問題は、「私刑化する社会」の代表事例となりそうです。パブリックを背に「社会的な問題」を追求するのはマスメディアだけでななく、ネットメディア(ユーザー)にも可能になったことが明確になりました。私刑はマスメディアの専売特許でなくなったことを示す事例が、マスメディアに対して起きているというのも皮肉な感じがします。


誰もが情報発信できるインターネット時代のユーザーパワーについては、ネット登場時から言われていましたが、2ちゃんねるだけでなく、まとめwikiJ-CASTニュースといったミドルメディアの誕生が情報共有を容易にし私刑化を推し進めています。このような問題意識と構造は日経IT-PLUSのコラム『インターネットと「私刑」化する社会』に書いた通りです。


コラムでは、テラ豚丼騒動やケンタッキーといった一般の人々の行為について紹介していますが、これらの事例は企業の対応も素早く、アルバイトの起こしたことでもあり、不買運動にまでは至りませんでした(一部で呼びかけは行われた)。


しかし、今回は2ちゃんねるユーザーを中心に毎日JPに出稿している広告主などへの電凸作戦が繰り広げられ、写真のように毎日新聞のウェブサイトのバナー広告がすべて消えてハウスバナー(自サイトの宣伝)になってしまいました。まとめwikiのひとつ「毎日新聞問題の情報集積wiki」には電凸の対応がまとめられています。これらの電凸が実際にあったのか、効果があったので毎日JPの広告が消えたのか分りませんが…

毎日新聞「Wai Wai」問題と私刑化する社会とネット時代の企業広報の視点 - ガ島通信



この「私刑化する社会」という表現を見て、ネットの運動を批判し毎日新聞を擁護する意見ではないか捉える向きもあるようですが、以前に藤代裕之さんは日経新聞のIT-PLUSで、「私刑」はつい最近まではマスメディアの専売特許だったとも書いていますので、この発言を毎日新聞擁護と捉えるのは的外れでしょう。むしろ、ネットがマスコミのような「私刑」を始めたことを憂慮しているのだと思います。

■マスメディアからネットメディアへ移る「私刑」


 このような「私刑」は、つい最近まではマスメディアの専売特許だった。マスメディアは人々の代弁者という立場から「正義」を振りかざし、罪が司法によって確定する前に社会的な制裁を行ってきた。そして、このような報道のあり方は上滑りであり、本質に切り込んでいないと批判されてきた。


 私がよく例に出すのが、鈴木宗男議員の事件だ。鈴木氏は「国策捜査」によって東京地検特捜部に逮捕されたがその罪状はあっせん収賄罪などで、当時マスメディアが盛んに報道した「ムネオハウス」ではない。背任などの罪に問われた外務省元主任分析官の佐藤優氏は、怒った映像ほしさに故意にテレビカメラの角で殴られたこともあるとして、逮捕されたときには「これでこのメディアスクラムから逃れられると実はほっとした」と明かしている(【佐藤優の眼光紙背】第7回:メディアスクラムとインテリジェンス戦争)。


 「メディアの監視」はそれほどまでに過酷なものだ。実際、裁判においても量刑理由で「マスメディアの報道によって社会的な制裁を受けている」と付け加えられる場合もある。マスメディアは事件の構図、本質を明らかにするのではなく、警察・検察と共に犯人探しをして私刑を執行してきた。


 個人がメディアを持ったことによって、誰もが「私刑」を実行できるようになった。「炎上」「祭り」はポータルサイトのニューストピックス、さらには新聞・雑誌などにも表出している。ブログやSNSから「炎上」事例を探し出し拡大させているミドルメディアだけでなく、既存のマスメディアがウェブ上の言論に注目するようになったことも影響している。騒動を大きく取り上げるマスコミは、以前にも増して脊髄反射的な記事が増え、ネットとマスメディアの共振が「私刑化する社会」を拡大させているのではないだろうか。


 これは、報道される側からすれば「恐怖」だ。毎日新聞社の「ネット君臨」、NHKの「ネットの祭りが暴走する」などの特集はその恐怖の裏返しであり、その恐怖は学校裏サイトなどネットのマイナス部分へのフォーカスに向かい、携帯サイトのフィルタリングや規制への議論の引き金になっている。


 とはいえ、ウェブの言論を批判しているマスメディア自身がたびたびメディアスクラム、プライバシー侵害を引き起こしている。つい最近も、四国であった殺人事件で家族をまるで犯人かのように報道したり、コメントしたキャスターがいたりと改善が見られない。ネットユーザーによる私刑もマスメディアの報道もどちらも本質的に変わらない。

テクノロジー : 日経電子版


さて、前回のエントリーで紹介した、BSE問題に端を発した韓国のデモですが、今回のデモの大きな特徴として、当初はネットの力をフルに利用した一般市民が中心となったことが挙げられます。

■ネットから生まれたろうそく集会


 政府は「米牛肉は安全でBSEの心配はない」としきりにアピールしている。在米韓国人会の声だとして「米牛肉は安全でおいしく韓国料理にもぴったり!」などという宣伝まで新聞に載せた。


 そこへ「在米韓国人主婦の集い」と称する主婦団体が声明を発表した。「家族の健康を守る主婦として言いたい。決して米牛肉は安全でなくBSEの危険を抱えている。動物性飼料がまだ完全に禁止されておらず、非人道的で非衛生的な畜産環境も度々指摘されている。米国内でも米牛肉に不信を抱く消費者が多い。国民の健康を脅かす輸入交渉をもう一度考え直してほしい」という内容だった。


 その前後から韓国のポータルサイト「DAUM」のブロガーニュースを中心に「米牛肉を食べると脳に穴が開く。輸入を止めなくては!」という過激な記事が登場し始めた。DAUMはポータルのなかで唯一、市民記者ともいえるブロガーが書いたニュースを既存マスコミのニュースと並べて表示している。マスコミのニュースもブロガーニュースも同じような比重で表示され、さらにDAUMの編集によってはブロガーニュースが初期画面の「今日のニュース」に登場することもある。


 韓国ではすべてのニュースに読者がコメントを書き込めるようになっていて、DAUMに掲載された政府の米牛肉輸入交渉に関する記事には次々と批判のコメントが書き込まれた。それはほかのポータルサイトやコミュニティーサイト、インターネット新聞などあらゆるサイトへと波及していった。記事1件当たりのコメント件数限度である4000件に達するほど反響を集めたブログニュースもたくさん登場した。


 政府は当初、このような国民の不安を「インターネットで怪談が出回っている」と矮小化し、まともに対応しようとしなかった。そこへ放送局のMBCが、欧米でBSEで死んでいく人々のドキュメンタリーを放映したことから、国民の不安が頂点に達した。


 政府はこれからの米国との安全保障問題、自由貿易協定(FTA)などの関係も考えた交渉だというが「国民の健康を売ってまで米国に媚びることはない」と、ビジネスマンやベビーカーを押した主婦、大学生、中高校生、芸能人までもがソウル市の中心部をろうそくを持って歩く抗議集会を始めた。


■警察の鎮圧も「生中継」


 ろうそく集会は2002年夏、米軍の装甲車に女子中学生2人が無残にもひき殺されたにもかかわらず、駐韓米軍地位協定により犯人が米軍に保護されるという事件が起き、2人の魂を象徴するろうそくを持って抗議したことから始まった。2004年、ノ・ムヒョン大統領弾劾反対の時もろうそくが登場した。そしてこれが3度目の大規模なろうそく集会となる。


 ろうそく集会が始まるまでの過程はいつものようにインターネットがきっかけで、とりわけ新しいところはない。しかしここからがいつもと違っていた。ろうそく集会の様子を、参加した多くの個人が個人放送局システムと無線LANやWibro(モバイル高速無線)、 HSDPAといった高速ネットワークを駆使し、全国のネットユーザーに向けて動画で生中継したのだ。今やブログに掲載するより早く、この現場の勢いをありのまま、生でリポートできる個人メディアを多くの人が手にしているのだ。


 個人放送局の最大手「Afreeca.com」の報道資料によると、そうそく集会の生中継動画は100万人近い人々が集まったとされる6月10日だけで 1357件が放送され約70万人が視聴、5月25日から6月10日までの累計では生中継動画1万7222件、視聴者数は約775万人に達したという。通常は平均60万人ほどが利用しているサイトなので、10倍を超えるアクセスだ。


 動画投稿サイト「PandoraTV」でも5月31日午後から6月1日までのわずか1日の間に1000件近い動画が投稿されたという。ソウル市内のろくそう集会に限らず、全国で開催されているろうそく集会を生中継し、保守団体の「ろうそく集会に反対する集会」までも生中継された。


 テレビカメラよりも早く、集会のすみずみまで映し出す個人放送の影響力は大きかった。保守勢力の一部といわれる新聞が「ろうそく集会は一部反政府組織が扇動しており、米牛肉輸入とは関係ない」といった報道をしても、ろうそく集会は続いている。


 警察による鎮圧や、女子大生が機動隊に頭を踏みつけられ負傷したこと、ベビーカーにまで容赦なく放水する警察の姿が生中継されたことで、さらに集会は激化した。個人放送局の中継動画に触発されて、もう黙ってはいられないと集会に参加したという主婦もたくさんみかけた。集会は過激になりすぎ、一部暴徒化しているとの報道もあった。


 ほとんどの携帯電話にカメラが付いていることから、警察が暴力を振るおうとすると一斉にカメラを向けて証拠写真を残したり、集会の参加者の顔写真を撮影する警察の顔写真を逆に撮影して「この人に気をつけろ」とブログに書き込んだり、ろうそく集会が始まった5月初めからポータルニュースもブログもコミュニティーも動画投稿サイトも個人放送局も、集会の様子を伝えるネットユーザーたちの写真、動画、書き込みで溢れかえっている。

テクノロジー : 日経電子版


 米国産牛肉の輸入再開をめぐり、揺れに揺れている韓国。毎週のように行われている大規模な街頭デモには、数万人の老若男女が参加している。政治的な問題ではあるが、中高生などの若者も多いのが今回のデモの特徴。その裏には、携帯電話の存在もあるようだ。


連日の大規模デモ


 夕方のソウル市庁前。道路の真ん中に設置された特設ステージと向き合って、何万人もの人たちが座り込んでいる。人々は手にろうそくを持ち、日が暮れてくるとその何万本ものろうそくの火がきらめく。こうした集まりは「ろうそく集会」と呼ばれ、「イ・ミョンバク(大統領)OUT」と書かれたプレートを掲げる人、市民団体などの名前が書かれた旗をひるがえす人など、それぞれのやり方で大勢が気勢を上げている。実に圧巻な光景だ。


 こうした光景は、ここ約2カ月半ほどソウル市内で当たり前となった風景だ。ことの発端は、2008年4月にイ・ミョンバク大統領が、米国産牛肉の輸入制限を解除する方針を発表したことによる。しかし韓国の国民は、米国産牛肉に「BSE牛海綿状脳症)」、いわゆる狂牛病の恐れがあるとして輸入制限解除に大反対。連日の大規模デモに発展した。


 このデモによって、ソウル市庁を中心とした地域で交通がたびたび麻痺するだけでなく、デモ隊と警察とが激しく衝突する場面も増えた。米国企業であり、かつ牛肉を取り扱う企業の代表格、「マクドナルド」の店舗を襲撃する事件も頻発、マクドナルドでは店頭に「オーストラリア・ニュージーランド産牛肉のみを使っています」という看板を掲げている。このほかイ大統領を支持し歪曲報道を行っているとの理由で、保守系新聞に広告を出す企業への不買運動が展開されるなど、米国産牛肉輸入問題は、さまざまな方面に飛び火している。


メッセージ怪談の顛末


 老若男女が参加している今回のデモだが、初期の頃にはとくに中高生などの若者の姿が目立っていた。


 デモが多いという国柄はあるものの、参加者に中高生が目立つのは珍しい。彼らなぜ、狂牛病に反応したのだろうか。その背景には、ネット上にあふれる狂牛病情報がかかわっているようだ。そこの真偽はともかく、インターネットで話題の中心になっている狂牛病問題にじっとしてはいられなくなったのだ。


 そして彼らの主要連絡手段である携帯電話の世界でも、狂牛病にまつわる事件があった。


 「5月17日、全国の中高校生は団体休校してデモに参加すること」
 「(狂牛病)牛肉を、0.01グラムでも摂取すれば死亡」
 「×××ブランドの食品を、10日間食べないこと」
 「大統領を弾劾しよう」
 「韓国政府、独島(日本で言う竹島)を放棄」


 このような内容の携帯電話メッセージが、中高生の間で出回った。“狂牛病怪談”“メッセージ怪談”などと呼ばれるこのメッセージは、最初どこからともなく現れたのだが、メッセージには「他の人にも回して」という一言が添えられていたため、同内容はチェーンメール化して人から人へ伝わり、内容は一気に広まった。


 事態を重く見た学校側は警戒態勢を敷き、休校するといった事実はないこと、休校してデモには行かないことなどを呼びかけた。それでもうわさの力は強く、メールの内容を信じて疑わない学生もいて、警察が捜査を開始するに至った。


 数日後、受験浪人のAという若者が警察により立件された。上記のようなメッセージ怪談を、「ほかの人にも広めて欲しい」と恋人に送信。この恋人が同じ内容を友人に知らせ、さらにインターネット上の掲示板に書き込んだため、全国的に広まることとなった。警察の調べでは、Aが最初にメッセージを送信してから、たった29分後、すでに韓国全土へと広がっていたという。


 最初は1通のメッセージだったのが、全国規模の大きな事件へと急速に発展してしまったのは、中高生が持つ携帯電話ネットワークによるものだろう。それは大人が考えている以上に、広範囲へ速く伝わることが今回の一件で明らかになった。

韓国携帯事情:ケータイが伝える米国産牛肉反対デモの「嘘」と「真実」 - ITmedia Mobile



これらの記事で紹介されているような、ネットやケータイで意見を広めることで多くの参加者を集めたり、現場の状況をネットで中継したり、不買運動を呼びかけたりする行動は、日本でも行われていることです。
また、韓国の場合も、李明博大統領の強硬な対応がネットの怒りに火をつけた側面があり、これはガ島通信の記事にある、毎日新聞の対応のまずさがネットの怒りを煽ったのと、同じ現象でしょう。


このようにネット発の行動が韓国社会を麻痺させるほどの結果を招いてしまったということは、韓国においても「私刑化する社会」が広がっていることを示していると思います。「私刑」が引き起こした結果から考えれば、その影響力は日本以上でしょう。


ただ、日本と韓国で異なるのは、日本においては「私刑」の対象とされた当事者の間違った行動(例えば「WaiWai問題では毎日新聞が変態的な内容の英文記事を長い間発行し続けたこと)が人々の義憤を招いて、「私刑」が発生するのに対して、韓国の場合は根拠のないデマ情報が人々の義憤を招いて、「私刑」が発生することでしょう。
つまり、日本では「私刑」が発生する原因はほとんどの人が納得できるもので、「私刑」によってもたらさせる結果がその原因と比較して妥当かどうかが問題になるわけです。一方、韓国の場合は、「私刑」が発生する原因自体が、多くの人にとって納得しがたいものであるということになります。


■これが望んだウェブ社会なのか


 ブログやSNSによって誰もが自由に発言できたはずが、どことなく自由が失われつつある。このような状況をコピーライターの糸井重里氏は、「人ごみの中でおならをした人が、『誰か屁をしたな!』って、でかい声を出す。それをやられちゃうと、『ぼくはしてないですよ』、あるいは『お前じゃないか?』という発言しか、周りは言えなくなっちゃう。それぞれが『あいつは悪い』って告げ口しあうことで、自分だけが生き延びようとしたんです。『俺は悪くない』と言うとその時点ですでに犯人扱いになっちゃう。ましてや、『え、あいつって本当に悪いのかい?』なんて言ったら、もうその人はおしまいなんです。」(日経ビジネスオンライン「公私混同」言論、「『屁尾下郎』氏のツッコミが世の中を詰まらせる」から抜粋)と話し、リスク回避をしたいために管理や相互監視が強まり、誰もが「正義の側」につきたがると分析している。


 センセーショナルで、刺激を求めるのも人の一面なのだと言ってしまえばそれまでだ。「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたがウェブ炎上に火消しはいない。ネットとマスメディアが共振しているなら逃げ場もない。誰もがメディアを持ってしまった以上、あらゆる正義がぶつかり合う。「私刑」はなくならないだろうが、これが人々が望んだ「ウェブ社会」なのだろうか。

テクノロジー : 日経電子版



藤代裕之さんは先ほどのIT-PLUSの記事の最後で、このように書いています。確かに「私刑」そのものはなくならないと僕も思いますが、せめて韓国のようなデマ情報に基づいた「私刑」は、日本で起こさないようにしてほしいと思います。そのためには、デマ情報と正しい情報を見分ける力が、ネット利用者一人一人に求められるのでしょう。
2ちゃんねるの創設者であるひろゆき氏は、「嘘を嘘と見抜けないと(掲示板を使うのは)難しい」という名言を残しています。2ちゃんねるは日本のネットに本音レベルで大きな影響を与えていますから、このような考え方は日本のネットのかなりの部分に定着していると考えて良いでしょう。このことはデマ情報に基づいた「私刑」を防ぐ上で、大きな力になると思います。

私たちも「嘘を嘘と(ry)」という考え方を大切にして、デマ情報に動かされないようにしたいものです。そして、デマ情報に基づいた「私刑」が始まったときは、その火消しをするべきなのでしょう。