Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

日銀の嘘と詭弁

昨日(2/18)の定例記者会見で、白川日銀総裁インフレターゲットについてこんなことを言ってました。

――先日の国会審議でもインフレターゲットが議論になった。あらためて見解を聞かせてほしい。


「われわれが発表しているのは中長期的な物価安定の理解であり、物価安定はどういうものかという一種の定義だ。それについて各政策委員の理解を集めて、その結果は2%以下のプラスの領域であり、1%を中心と考えているということだ。これはあくまでも、中長期的に見た物価安定がどういうものかを明確に示したものだ」
「インフレーションターゲティングは金融政策を運営するときの枠組みの1つであり、英国やカナダ等では定着している。しかし、今回の金融危機を通じて、インフレーションターゲティングという枠組みについても反省機運が今、生まれてきているように思う」
「足元の物価上昇率が目標物価上昇率を下回る状況が長く続く下で、物価の動向だけに過度の関心が集まる結果、物価以外の面で、いわば静かに蓄積しつつあった金融経済の不均衡を見逃し、見過ごし、結果として金融危機発生の一因になったのではないかという問題意識が以前に比べて高まってきているように思う」
「インフレーションターゲティングが不適当だと言っているわけではないが、インフレーションターゲティングを採用してきて、これまで比較的うまく行ったと思われてきた国で、実はインフレーションターゲティングの問題をどう克服するかということが今、彼らの問題意識になってきているように思う」
「私自身はインフレーションターゲティングを議論するよりも、これはどういうラベルを金融政策運営の枠組みに張るかということにあまり多くのエネルギーを割いても生産的ではないなという感じがする。インフレターゲットを採用している国も、それから採用していない国も、結果として金融政策の枠組みは近年、非常に似通ってきているという感じがする。3点だけ申し上げる」
「1点は、物価安定に関して、何らかの数値的な定義や目標を有しているということだ。日銀に即して言うと、中長期的な物価安定の理解だ。2つ目は先行き数年間というかなり長い見通しを公表していることだ。日銀で言うと経済・物価情勢の展望(展望リポート)だ」
「3つ目は、その上で、金融政策運営に当たって、物価動向だけではなくて、中長期的に見た物価や経済、金融の安定をより重視する必要性への認識が高まっていることだ。日銀に即して言うと、2つの柱による点検ということになる」
「インフレーションターゲティングを採用しているかどうかということは現在、金融政策の枠組みを議論する上で、意味のある論点、あるいは切り口ではなくなってきているという印象がある」
「日銀自身は各国のいろいろな経験を見ながら、インフレーションターゲティングを採用している国の中央銀行の良い部分、それからこれを採用していない中央銀行の良い部分をすべてわれなりに咀嚼(そしゃく)して、それを組み込んだ日銀独自の枠組みだと思っている」
「いずれにせよ、この枠組みがいつ、いかなるときも最善だというつもりはない。現在、各国とも自らの金融政策の枠組みをどういうふうにするのが良いのかを議論しており、そういう観点からわれわれも考えていきたいと思っているが、現状ではこの日銀の枠組みが最適だと考えている」


日銀総裁発言要旨:インフレターゲットは「意味のある論点ではない」 日銀総裁発言要旨:インフレターゲットは「意味のある論点ではない」 日銀総裁発言要旨:インフレターゲットは「意味のある論点ではない」



インフレターゲットを採用している国も、それから採用していない国も、結果として金融政策の枠組みは近年、非常に似通ってきているという感じがする。」というのが白川総裁の見解で、もちろんその中には日本も含まれているようですが、金融政策の枠組みが似通っているのなら、なぜ日本だけがデフレに苦しんでいるのでしょうか?


この点について、白川総裁は生産性の問題だと言っています。

――デフレ問題についてあらためて考えを教えてほしい。


「やや比喩(ひゆ)的に答えると、デフレは経済の体温が低下した状態だ。より根源な問題がデフレという症状として表れている。従って、その克服のためには、基調的に体温を上げていくための体質改善、あるいは治療が必要だと考えている。生産性の向上に地道に取り組むことによって、すう勢的な成長期待を高めていくことが大事だ」
「将来にわたって所得が増えていくという期待が生まれてきて初めて本格的に支出が増えていく。生産性の向上ということが多分、日本経済が直面している最も大きな問題だ。それ自体がわが国経済にとって不可欠であるとともに、デフレの克服のためにも重要な課題だ。生産性の向上を図るためには、民間企業と政策当局双方の努力が必要だ」


日銀総裁発言要旨:インフレターゲットは「意味のある論点ではない」 日銀総裁発言要旨:インフレターゲットは「意味のある論点ではない」 日銀総裁発言要旨:インフレターゲットは「意味のある論点ではない」



ただ、id:arnさんも主張しているように、生産性の向上が必要であるならば、現在は生産性が低すぎて供給過小のはずですから、インフレになっていなければおかしいはずです。従って、白川総裁のこの発言は明らかに間違っています。


2010-02-19 - A.R.N [日記] 2010-02-19 - A.R.N [日記] 2010-02-19 - A.R.N [日記]


また、白川総裁はこんなことも言ってました。

「G7各国でインフレターゲティングを採用している中央銀行は英国とカナダで、残りは不採用。設問として、日銀がなぜ採用していないかというのもあるが、英国とカナダがなぜ採用しているかという立て方もある。ターゲティングに関心が集まりがちだが、私自身は、実際は金融政策を運営していく時の、説明の一つの枠組みと思っている」


インフレ目標採用国に「反省機運あり」 明言した白川総裁の強気 JBpress(日本ビジネスプレス) インフレ目標採用国に「反省機運あり」 明言した白川総裁の強気 JBpress(日本ビジネスプレス) インフレ目標採用国に「反省機運あり」 明言した白川総裁の強気 JBpress(日本ビジネスプレス)

しかし、考えてみればドイツ、フランス、イタリアはユーロを採用して独自の金融政策は行っていません。そしてEUもインフレ率については2%をインフレ参照値としています。これは厳密な意味でのインフレターゲティングではありませんが、それに近いものです。
白川総裁はEUがインフレ参照値を採用していることを理由にこのような発言をしたのだと思いますが、僕はむしろ具体的なインフレターゲットやインフレ参照値の数値の方に注目した方が良いと思います。
G7各国(アメリカを除く)のインフレターゲットやインフレ参照値の数値、それに日銀の「中長期的な物価安定の理解」を比較すると、次のようになります。*1

日本 0〜2%
イギリス 2%±1%
カナダ 1〜3%
EU 2%未満であるがその近辺

つまり、これらの国で1%未満のインフレ率を許容しているのは日本だけです。一般にインフレ率の指標として用いられるCPI(消費者物価指数)には1%程度の上方バイアスがああることが知られていますので、これらの国の中で日本だけがデフレを容認していることになります。
また、アメリカがデフレを容認していないのは、リーマンショック以降のFRBの金融政策を見れば明らかでしょう。容認していれば、あれほど大幅なマネー供給を行ったはずがありません。
というわけで、白川総裁が触れなかったインフレターゲットやインフレ参照値の数値に着目すれば、日銀だけがデフレを容認する「何らかの数値的な定義や目標」を有していることが分かります。
このように考えれば、白川総裁が「インフレターゲティングを採用しているか否か」だけを語り、「何らかの数値的な定義や目標」についての具体的な数値を無視したのは、詭弁だと思います。


さらに白川総裁だけではなく、山口副総裁も国会で嘘をついていたようです。詳しくはid: tanakahidetomiさんの以下の記事をご覧下さい。


山口広秀日銀副総裁の「嘘」と分裂気質的姿勢 2010-02-11 - Economics Lovers Live 山口広秀日銀副総裁の「嘘」と分裂気質的姿勢 2010-02-11 - Economics Lovers Live 山口広秀日銀副総裁の「嘘」と分裂気質的姿勢 2010-02-11 - Economics Lovers Live


このように、日銀という組織は自分たちの主張や立場を擁護するためならば、嘘や詭弁も厭わない組織であるようです。


金融政策を理解するためにはどうしても経済学の専門的な知識が必要なので、一般の人には日銀が正しいのか、リフレ派が行っているような日銀批判が正しいのか、なかなか判断出来ないと思います。ただ、そのような知識が無くても、自分を正当化するために嘘や詭弁を言うような組織の主張には、どこか間違いがあるのではないかと疑うのが普通でしょう。
このような点を見ていくことも、日銀の政策が正しいかどうかを判断する、基準の一つになるのではないでしょうか。

*1:日本以外の数値はhttp://d.hatena.ne.jp/nyanko-wonderful/20091122/p1より。日本については、http://www.boj.or.jp/type/release/zuiji_new/k060309b.htmを参照。