Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

消費税増税は本当に税収を増やすのか?

個人的に色々あって、しばらくブログの更新をお休みしていました。
その間に菅直人政権が発足したのですが、この政権は菅首相をはじめ、仙谷官房長官、野田財務相、枝野幹事長、玄葉政調会長と、消費税増税を主張する政治家ばかり要職についた政権でした。案の定、菅総理は突然消費税増税を打ち出し、この問題が参院選の最大の争点になっています。
しかし、今回の選挙では、最初に消費税10%への増税を打ち出したのが、やはり増税派である谷垣総裁や石破政調会長を擁する野党自民党で、菅総理はそれに相乗りする形で消費税増税を打ち出しています。そのため、与党と野党第一党の双方が消費税増税を訴え、社会党共産党国民新党みんなの党などの小政党がそれに反対するという奇妙な構図になっています。一方で、たちあがれ日本や日本創進党のように消費税増税を支持する小政党もありますし、公明党新党改革のようにその中間にいる政党もあります。
また、増税の目的についても民主党の内部ですら意見はまちまちで、「社会保障費に限定」、「増税しても雇用が増えるように使えば景気は良くなる」、「財政再建」、「法人税率引き下げの財源」と方針が一致していません。どうもはじめに増税ありきで、目的はただの口実に過ぎないのかと疑念を抱いてしまいます。
ただし、これらの消費税増税に関する議論には、一つの前提があると思います。それは、消費税増税をすれば増税分だけ税収は増加し、それ以外の税金は減少しないということです。


しかし、この前提は必ずしも正しくありません。その一例として1997年に消費税増税が行われた時の話をしてみます。
この時、消費税はこのときは3%から5%へと2%引き上げられました。そして、この時は同時に社会保険料引き上げや所得税特別減税の廃止も行われ、合わせて「9兆円の負担増」と呼ばれました。
今回、消費税10%という数字が出ていますが、これは消費税の5%引き上げと言うことになります。一般に日本で消費税が1%上がると、消費税税収が2兆円程度増加すると言われています。ということは、消費税5%引き上げで10兆円程度の税収増、言い換えれば国民負担増になるわけです。つまり、1997年の国民負担増は、現在消費税が10%に引き上げられた場合と、同程度の影響を経済に与えると考えられます。


まず、1997年の消費税増税について、税収がどうなったかを見てみたいと思います。財務省のページに一般会計税収の推移のグラフがあるので、それを見てみましょう。
1997年は平成9年ですが、この年を境に税収は大きく落ち込み、それ以降、1997年の水準を回復した年がないことがわかります。消費税増税は税収を増やすという目的には失敗したことになります。


http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/010.gif
一般会計税収の推移:財務省 一般会計税収の推移:財務省 一般会計税収の推移:財務省 このエントリーをはてなブックマークに追加


また、主要税目の税収の推移を見ると、1997年(平成9年)以降、消費税は増税で増加しているものの、所得税法人税の落ち込みがそれ以上に大きいことが分かります。


http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/011.gif
主要税目の税収(一般会計分)の推移 主要税目の税収(一般会計分)の推移 主要税目の税収(一般会計分)の推移


さらに、1997年(平成9年)を境にして歳出も増大しており、税収の落ち込みと歳出の増大によって公債発行額は大きく増えています。つまり財政赤字が増大して、財政再建からは遠ざかってしまったことになります。


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一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移 一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移 一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移


このような税収の落ち込みや歳出の増大の原因ですが、これは明らかに景気の急速な悪化によるものです。1997年に名目成長率、実質成長率とも大きく落ち込んでいます。


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日本の経済成長率をグラフ化してみる……(下)グラフ化とオマケ:Garbagenews.com 日本の経済成長率をグラフ化してみる……(下)グラフ化とオマケ:Garbagenews.com 日本の経済成長率をグラフ化してみる……(下)グラフ化とオマケ:Garbagenews.com


ただ、この1997年には「9兆円の負担増」だけではなく、アジア通貨危機も発生して、日本経済に大きな影響を与えました。また、この年には北海道拓殖銀行山一証券といった大手金融機関の破綻も相次ぎ、金融不安も広がりました。
従って、この景気悪化が単純に「9兆円の負担増」によるものとは決めつけられません。原因についてはもっと考えてみないといけないでしょう。


さて、僕がこのようなことを考えていたとき、id:nyanko-wonderfulさんが1997年の消費税増税(3%→5%)と1989年の消費税導入(0%→3%)の時の経済を比較した記事を書いてくれました。


89年と97年の消費税増税の影響 - DeLTA Function 89年と97年の消費税増税の影響 - DeLTA Function 89年と97年の消費税増税の影響 - DeLTA Function


この記事で双方の時期の経済指数のグラフを比較していますが、1997年に見られた実質成長率、デフレ、労働条件の悪化は、1989年には見られないことが分かります。だから単純に消費税増税が景気を悪化させるとは言えませんし、その他の増税社会保険料などの負担増についても同じ事が言えるでしょう。
また、金融危機が始まった97年Q4から急激に経緯が悪化しているので、1997年の不況の主因は金融危機だと考えられます。ただし、この時の経常収支は大きく減少してはいないので、海外の金融危機が輸出の大幅な減少を招き、急速に景気が悪化した2008年(リーマン・ショック)とは、違う原因であると考えられます。だからアジア通貨危機が景気悪化の原因であるとは言い切れないでしょう。
また、1997年の日銀の金融政策に大きな変化はないので、金融政策がこの不況の原因ではありません。ただし、日銀が突然の不況にほとんど何もしなかったことも事実でしょう。


それでは、何が1997年の不況の原因だったのでしょうか?
竹森俊平氏の本に同年の金融危機を取り上げた本があるのですが、その中に日本の不況の原因を論じた部分がありました。


1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)

1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)



この本によると、当時の橋本政権は「9兆円の負担増」を実施する前、金融システムの問題について何も知らず、金融危機が発生してから初めて事態の深刻さを知ったようです。大蔵省などの官僚が財政再建に不利になるような情報を出そうとしなかったのと、大量の不良債権を抱えた金融機関(山一證券がその代表ですが)が不良債権を隠蔽して引当てを行わなかったことが、その理由でした。このような情報不足が、橋本政権の判断を誤らせてしまったようです。
そして消費税の増税を初めとする「9兆円の負担増」やアジア通貨危機、金融自由化(「日本型ビッグバン」)によって金融機関の経営危機に対する政府の態度が微妙に変化したこと、さらに金融機関の破綻が始まるとマーケットから流動性が消えて資金調達ができない金融機関が出てきたことなどが影響しあって、これほどの不況を招くことになりました。
ただ、アジア通貨危機については、アジア通貨危機が日本の金融危機を招いた側面よりも、金融危機に陥った日本の金融機関がアジアから資金を引き上げ、アジア通貨危機を悪化させた側面の方が大きかったようです。


このように、1997年の不況による消費税増税の失敗の原因が政府の情報不足にあったのならば、今回の消費税増税でも同じような間違いを繰り返す可能性があると思います。今回の消費税増税財務省の主導であり、民主党自民党財政再建を重視する財務省の考え方を取り入れて消費税増税を打ち出しているのでしょう。ということは、財務省財政再建や消費税増税に不利になるような情報を伝えようとしない可能性は大きいでしょう。その結果、政府に十分な情報、特に消費税増税が景気に与える悪影響に関する情報が伝わらず、政府の判断が楽観的になってしまい、消費税増税を実施して、「思いもよらぬ」不況に陥ってしまう、そんな危険は少なくないでしょう。


このような事態を避けるためには、政府に財務省の情報だけを入れるのではなく、消費税増税がが景気に与える悪影響についても様々な人や組織から情報を入れる必要があるでしょう。そして、消費税増税が大きく景気を悪化させる危険性がある場合は、勇気を持って消費税増税の凍結や撤回を断行すべきでしょう。
現在、日本はデフレであり、需給ギャップが大きい(需要が供給を大きく下回る)状態です。消費税増税は消費や設備投資を低下させる効果がありますから、このような状況では消費税増税はすべきではないでしょう。
現在の財務省主導の消費税増税論ではこの点は無視されて、財政悪化ばかり注目した粗雑な論*1ばかりマスコミで報じられています。このような状況は、1997年に政府の情報不足を招いた状況によく似ていると思います。だから、このような状況こそ、消費税増税を失敗に導くのではないでしょうか。

*1:例えば「日本がギリシャになる」というような、両国の違いを全く無視した財政危機を煽る論調が語られています。