Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

マキャヴェッリの言葉から

投票日の夜、僕は同じようなことばかり繰り返す開票速報にも飽きたので、テレビを見ながら塩野七生の「マキャヴェッリ語録」をパラパラと見ていました。すると、その中に今回の自民党の敗北理由を見事に示しているのではないかという言葉を見つけました。

 君主にとって最大の悪徳は、憎しみを買うことと軽蔑されることである。
 それゆえに、もしもこの悪徳さえ避けることができれば、君主の任務は、相当な程度にまっとうできるであろうし、他に悪評が立とうと、なんら怖れる必要はなくなる。
 憎悪は、国民のもちものに手を出したときに生ずるのだから、それをしなければ避けるのはやさしい。
 古今東西、人間というものは、自分自身のもちものと名誉さえ奪われなければ、意外と不満なく生きてきたのである。
 一方、軽蔑は、君主の気が変わりやすく、軽薄で、女性的で、小心者で、決断力に欠ける場合に、国民の心中に芽生えてくる。
 それゆえ、君主たる者、航行中の船が暗礁に注意するのと同じ気持で、右に記したような印象を与えないよう注意すべきである。
 そして、自分の行うことが、偉大であり勇敢であり、真剣で確固とした意志にもとづいていると見えるよう、務めなければならないのだ。


−『君主論』−


マキャヴェッリ語録」第一章 君主編(89ページ)より

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

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このうち、「憎悪は、国民のもちものに手を出したときに生ずる」というのは、まさに年金問題に当てはまるでしょう。本来支給されるはずの年金が社会保険庁の問題で支給されないと言われれば、誰だって自分の年金を奪われたと感じるでしょう。そして国民は「誰が」奪ったかはあまり気にしないと考えれば、その憎悪は時の政権に向かうことになります。
また、「一方、軽蔑は、君主の気が変わりやすく、軽薄で、女性的で、小心者で、決断力に欠ける場合に、国民の心中に芽生えてくる」というのは、一連の不祥事や失言への対応に当てはまるのでしょう。
思い起こせば、安倍総理は就任当時は本間正明政府税制調査会会長や佐田玄一郎大臣を辞任させていましたが、その後、柳澤伯夫大臣や松岡利勝大臣は辞任させず、久間章生大臣は辞任させています。このように安倍総理の対応はぶれており、このことが「気が変わりやすく、軽薄で、女性的で、小心者で、決断力に欠ける」という印象を与えてしまい、軽蔑される原因となったのでしょう。
また、就任当初の人事や「造反組復党問題で「身内に甘い」「お友達内閣」との批判がありましたが、閣僚の辞任や自殺が相次いだことを考えれば、むしろ身内ではなく自分に甘いのではないかという印象も受けます。このことも軽蔑される原因になったのでしょう。


安倍総理は続投するようですが、国民の憎悪と軽蔑を受けてしまった指導者は、いったいどうやったら立て直せるのでしょうね。マキャヴェッリはそのことについても何か書いてるのでしょうか?