Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

次期日銀総裁・副総裁人事について

[東京 28日 ロイター] 政府は28日、衆参の議院運営委員会理事会に、次期日銀総裁として黒田東彦アジア開発銀行(ADB)総裁、副総裁に岩田規久男学習院大教授と中曽宏・日銀理事(国際関係統括)を候補者とする人事案を正式に提示した。

参院で多数を握る野党間で正副総裁の評価に違いは見られるものの、現状では可決の公算が高まっている。衆参両院は候補者からの所信聴取を来週中に行う方向で調整しており、それを踏まえて各党は最終的に賛否を決める。

現在の日銀正副総裁は3月19日にそろって退任する。黒田氏は白川方明総裁、岩田氏と中曽氏は西村清彦、山口広秀の両副総裁の後任となる。日銀正副総裁人事は衆参両院の承認が必要だが、順調に進めば、内閣の任命を経て同20日にも日銀新体制が発足する見通しだ。


政府が黒田日銀総裁と岩田・中曽副総裁を正式提示、野党に容認論も | Reuters 政府が黒田日銀総裁と岩田・中曽副総裁を正式提示、野党に容認論も | Reuters 政府が黒田日銀総裁と岩田・中曽副総裁を正式提示、野党に容認論も | Reuters



すでに報道されているように、安倍内閣は次期日銀総裁として黒田東彦アジア開発銀行(ADB)総裁、副総裁に岩田規久男学習院大教授と中曽宏・日銀理事を候補者として選びました。


この3人のうち、岩田規久男氏は90年代前半の翁・岩田論争の頃から20年間にわたってリフレ政策を主張し、デフレを招いた日銀の金融政策を批判し続けてきた人です。安倍総理がリフレ政策によるデフレ脱却を目指すなら、これ以上の人選はないと思います。
岩田氏は学習院大学を退官されたときの最終講義で、この長年にわたる論争が始まったときのことを語りました。

そして90年代にバブルが崩壊しました。

あるときわたしの上智大学の教え子、というよりもわたしが教わったというべきなのかもしれませんが、大和総研で働いていた岡田靖さんが1枚のグラフをもってきてわたしにこう言いました。「岩田先生、マネーサプライがこんなに落ちています。日銀はこれを放置しているんですよ」。

岡田さんがもってきたグラフを見ると、マネーサプライが1930年代のアメリカそっくりに急激に減少しているのです。「これを放置しているなんてけしからん!」と思い、1992年9月に、週刊東洋経済に「『日銀理論』を放棄せよ」を寄稿しました。ちなみにこの題名はわたしがつけたものではありません。出版社が命名する権利をもっているんです。初めて題名をみたとき「『放棄せよ』なんて酷いじゃないか!」と思いましたが、確かに「放棄せよ」といった内容ですからしょうがないですね(笑)。

「『日銀理論』を放棄せよ」では、「世界の標準的な理論からみて、日銀理論はおかしい。このままでは日本はどんどん悪くなる」と主張しました。この主張に対して、日本銀行の翁邦雄さんが反対してきた。マネーサプライ論争の始まりです。地価論争に始まり、さまざまな論争をやって、もう論争はこりごりだと思っていたのに、また始まってしまいました。


1998年に消費者物価指数でも日本はデフレになりました。論争は本格化していくのですが、どういうわけか日本銀行を支持するエコノミストばかりで、孤立無援状態でした。しかも師匠である小宮隆太郎先生が、「日本銀行の金融政策は100点満点だ」といった論文を書かれた。このときは決定的なダメージを受けましたね。師匠との論争は非常に難しいんですよ。日本は目上の人に敬語を使わなくてはいけませんよね。皆さんもぜひ敬語で論争してみてください。難しいですよ(笑)。

孤立無援の状況で孤独な戦いをしていたのですが、東洋経済新報社の中山英貴さんの呼びかけで昭和恐慌の研究が始まり、わたしにも研究仲間ができました。これにはとても救われましたね。

もう20年くらい日銀理論を批判してきましたが、安倍首相が現れて、少しずつ変化の兆しがみえてきました。日本銀行の金融政策が変わって、デフレ脱却への道筋がみえてきているように思います。あとは、若い人たちにリフレ政策を理論化して欲しいなというのがいまのわたしの願いです。


SYNODOS JOURNAL : 日本の産業と経済政策 ―― 過去、現在、未来 岩田規久男、南部鶴彦最終講義 特別講師・八田達夫 SYNODOS JOURNAL : 日本の産業と経済政策 ―― 過去、現在、未来 岩田規久男、南部鶴彦最終講義 特別講師・八田達夫 SYNODOS JOURNAL : 日本の産業と経済政策 ―― 過去、現在、未来 岩田規久男、南部鶴彦最終講義 特別講師・八田達夫



このように、今「リフレ政策」と呼ばれる経済政策を最初に唱えたのは岩田規久男氏と今は亡き岡田靖*1であり、孤立無援の中で少しずつ賛同者を得て、今「リフレ派」と呼ばれる経済学者や政治家、一般人の集団が形成されていったのです。
岩田氏は正にリフレ政策の元祖的存在だと言えるでしょう。


黒田東彦氏は財務省出身で元財務官ですが、財務省出身者の中では最もリフレ寄りの主張をしている人でしょう。日銀に対しても鋭い批判をしてきた人です。

[東京 25日 ロイター] 政府が次期日銀総裁に内定した元財務官の黒田東彦アジア開発銀行(ADB)総裁は日銀批判論者で知られる。

デフレの責任は日銀にあると明言、2%の物価目標の達成を2年以内に無期限の金融緩和で達成するよう提唱している。財務省出身者としては、際立ってリフレ政策度合いが高い。4月の就任以降は金融政策の最高責任者として、海外からの円安誘導批判をかわしつつ、大胆な金融緩和を進めていくことになる。


<カリスマ性のある日銀バッシャー>

財務省関係者は往々にして日銀に対して「危機感が足りない」「金融緩和が不十分」などの不満を漏らすことが多いが、中でも黒田氏は「カリスマ性のある日銀バッシャー(批判者)」(幹部)として有名。白川方明総裁に対しては「すれ違っても挨拶もしない」(関係筋)とのうわさまで流れるほどだ。

デフレ脱却には金融政策のみならず少子高齢化など人口問題の解決や産業競争力など成長力の強化など複合的な努力が必要という「総合政策派」と、金融政策で解決可能という「リフレ派」の2つの見方がある。国債の利払いが膨らんでしまう長期金利の上昇を警戒する財務省内では、過度な金融緩和は副作用として金利上昇を招きやすいため「総合政策派」が主流だが、黒田氏は相対的にリフレ政策度が高いとみられ、そこが安倍晋三首相の琴線に触れた可能性がある。


焦点:日銀批判急先鋒の黒田氏、財務省出身では際立つリフレ度 | Reuters 焦点:日銀批判急先鋒の黒田氏、財務省出身では際立つリフレ度 | Reuters 焦点:日銀批判急先鋒の黒田氏、財務省出身では際立つリフレ度 | Reuters



黒田氏のリフレ派としての主張も昔からのものです。財務官だった2002年には日本国債の格下げをした格付け会社に対して反論する意見書を出していて、国債のデフォルトを否定しています。

財務省は30日午後、ムーディーズ・インベスターズ・サービススタンダード・アンド・プアーズ(S&P)、フィッチ・レーティングスの民間格付け機関3社に対し、「日本国債の格付けについて日本経済の強固なファンダメンタルズ(基礎的諸条件)を考えると既に低過ぎ、更なる格下げは根拠を欠く」として、日本の国債評価の基準を問う意見書を送付したと発表した。
黒田東彦財務官名で送付された意見書では、3社の格付けについて「客観的な基準を書き、格付けの信頼性にもかかわる大きな問題」と指摘。「日本政府は、財政構造改革をはじめとする各般の構造改革を真摯に遂行している。同時に格付けについて、市場はより客観性・透明性の高い方法論や基準を必要としている」としている。
日本国債の現在の格付けは、ムーディーズがAa3、S&PがAA−と、7カ国財務相中央銀行総裁会議G7)メンバー国で最低。いずれも、格下げ方向での見直しを示唆しており、さらに1ランク下がればシングルA格に転落する。一方、フィッチはAAで、イタリアより1ランク上だ。
塩川正十郎財務相は、これらの格付けの評価について、日本のファンダメンタルズを十分に反映していないと反論。記者会見で、「明確にどういう数値をもとに、格付けがされているのか。数値をもって説明してもらいたい。日本の財務責任者としてはっきりと意思表示したい」として、意見書を送付する意向を示していた。


意見書の質問項目は以下の通り。

1)日米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとしていかなる事態を想定しているのか。

2)格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべき。以下の要素をどう評価するか。

−日本は世界最大の貯蓄超過国で国債はほどんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている。

−日本の世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備高も世界最高。

3)各国間の格付けの整合性に疑問。次のような例はどのように説明されるのか。

−1人当たりのGDPが日本の3分の1でかつ大きな経常赤字国でも日本より格付けが高い国がある。

−1976年のポンド危機とIMF国際通貨基金)借り入れのわずか2年後に 発行された英国の外債や、双子の赤字の持続性が疑問視された1980年代半ば の米国債はAAA格を維持した。

−日本国際がシングルAに格下げされれば、日本より経済のファンダメンタルズではるかに格差のある新興市場国と同格付けとなる。


財務省が民間格付け機関3社に意見書送付−国債評価基準を問う(東京 4月30日ブルームバーグ) 財務省が民間格付け機関3社に意見書送付−国債評価基準を問う(東京 4月30日ブルームバーグ) 財務省が民間格付け機関3社に意見書送付−国債評価基準を問う(東京 4月30日ブルームバーグ)

1.
 貴社による日本国債の格付けについては、当方としては日本経済の強固なファンダメンタルズを考えると既に低過ぎ、更なる格下げは根拠を欠くと考えている。貴社の格付け判定は、従来より定性的な説明が大宗である一方、客観的な基準を欠き、これは、格付けの信頼性にも関わる大きな問題と考えている。
 従って、以下の諸点に関し、貴社の考え方を具体的・定量的に明らかにされたい。
  
(1)
 日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。
 
(2)
 格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである。
 例えば、以下の要素をどのように評価しているのか。

 マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国

 その結果、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている

 日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界最高
 
(3)
各国間の格付けの整合性に疑問。次のような例はどのように説明されるのか。

 一人当たりのGDPが日本の1/3でかつ大きな経常赤字国でも、日本より格付けが高い国がある。

 1976年のポンド危機とIMF借入れの僅か2年後(1978年)に発行された英国の外債や双子の赤字の持続性が疑問視された1980年代半ばの米国債はAAA格を維持した。

 日本国債がシングルAに格下げされれば、日本より経済のファンダメンタルズではるかに格差のある新興市場国と同格付けとなる。
 
2.
 以上の疑問の提示は、日本政府が改革について真剣ではないということでは全くない。政府は実際、財政構造改革をはじめとする各般の構造改革を真摯に遂行している。同時に、格付けについて、市場はより客観性・透明性の高い方法論や基準を必要としている。


外国格付け会社宛意見書要旨 : 財務省 外国格付け会社宛意見書要旨 : 財務省 外国格付け会社宛意見書要旨 : 財務省



また、2003年の財務省セミナーでは、外債ではなく、国内資産を買うことで金融緩和を行い、デフレ脱却することを主張しています。なお、この時は岩田規久男氏も参加していました。

         緩和の結果の円安は問題ない

  次に、吉野直行慶應義塾大学教授は、日本の物価変動に影響を及ぼす要因として「最も大きいのは総需要で、次に金融政策、財政政策、そして銀行貸し出しとなっている」と指摘。そのうえで「金融政策は短期金利がゼロ%で、コントロールが難しい。財政政策の影響は60年代、70年代は大きかったが、最近は小さい。長期の説明としては総需要が一番(影響が)大きい。金融緩和は必要だが、物価に働き掛けるのはそれだけではない」と述べた。

  その後、黒田東彦前財務官を交えて議論が行われた。デフレを止めるためには円安が最も即効性がある、という吉川氏の指摘に対して、黒田氏は「一国が物価の安定を目的として為替を切り下げるために介入をするのは、一般的な合意を得るのはなかなか難しいし、現時点では得られない」と反論。

  黒田氏はそのうえで「金融政策にはいろいろなチャンネル(経路)がある。ポートフォリオリバランス(しみ出し)で(民間の)資産の中身を替えるときに、(日銀の購入資産は)外貨資産の購入に絞る必要はない。株や実物資産、外貨資産、さらには極端なことを言えば、直接的にモノを買うことで消費や設備投資を代替してもよい」と主張した。


         財務省、日銀とも腰が引けている

  吉川氏は日銀の金融政策に対して「金利については限界があるが、できるだけ緩和をすべきだ。2000年には(ゼロ金利解除という)逆噴射もあった。日銀は外部との対話という点で、どうも引けているところがある。せっかくある程度のことをやっても、(政策効果とは)逆のことを言ったり、(速水総裁が)円安は国を売ることだと言ったり、ちょっと良く分からない点があるので、改善すべきだ」と苦言を呈した。

  吉川氏は返す刀で黒田氏に対しても「相手があるから(為替は)動かせないと言うが、一方で日銀に対してはマネーサプライを増やせと要求している。財務省、日銀ともに腰が引けている」と批判した。

  黒田氏はこれに対して、「日本が大幅に金融緩和したとき、為替が円安に振れる可能性が高く、デフレ脱却に役立つことについては同意見だが、介入で外国の短期国債(TB)を買って、直接円安を引き起こそうとするのは、その是非よりも、国際的なルールとして受け入れられるかというと、そうはなかなか行かないのが現状だ」と指摘。そのうえで「金融緩和の結果としての円安は何ら問題ない」と述べた。


黒田前財務官、岩田教授VS吉川教授−財務省セミナーもデフレで激論 [ブルームバーグ] 黒田前財務官、岩田教授VS吉川教授−財務省セミナーもデフレで激論 [ブルームバーグ] 黒田前財務官、岩田教授VS吉川教授−財務省セミナーもデフレで激論 [ブルームバーグ]



このように、黒田氏と岩田氏は、安倍総理が「アベノミクス」で行おうとしている、リフレ政策によるデフレ脱却を主張してきた人達であり、次期日銀総裁・副総裁として適任だと思います。ただ、財務省はこれまでリフレ政策を支持してこなかった組織であり、リフレ政策の効果が出てインフレ率が2%に近づいたとき、国債金利上昇を恐れてリフレ政策を止めるよう主張する可能性があります。そのような古巣の圧力に黒田総裁がどこまで抵抗できるかが、黒田総裁の懸念点でしょう。


さて、ここまで論じてこなかった中曽氏ですが、いろんな報道を見ていても彼の金融政策に対する考えは全く報じられていません。ただ日銀内部の出身ですから、デフレを招いてきたこれまでの日銀政策を支えていた一人であることは間違いなく、この人がリフレ政策によるデフレ脱却を本気で行う気があるのか、疑問に思わざるを得ません。これから国会で3人の候補者に対する質問が行われますが、誰よりもこの中曽氏に対して厳しい追求を行い、2年以内にデフレ脱却をして2%のインフレターゲットを達成することを確約させるべきでしょう。

ただ、報道を見ていると、民主党は黒田氏や中曽氏は支持するが岩田氏に対する反対意見があり、みんなの党は岩田氏は支持するが黒田氏や中曽氏は反対するなど、ちょっと見方がずれているような気がします。


とは言え、日銀執行部にデフレ脱却を本気で行おうとしている人が入るのは、これまでの日銀総裁・副総裁の顔ぶれとその消極的な政策を考えると、画期的なことだと言えるでしょう。
これからは執行部だけでなく審議委員にもリフレ政策に積極的な人を入れていき、早く日本経済をデフレから脱却させて欲しいです。そして日本が二度とデフレに戻ることがないようにするため、目標の独立性と手段の独立性を明確に分離して、日銀にインフレターゲットの達成責任を負わせるための日銀法改正を行って欲しいです。


岩田規久男氏が日銀と戦い続けた20年は、日本がデフレに苦しみ、経済的に衰退していく時代でもありました。今回の日銀人事で、ようやくそのような流れを変えるチャンスが訪れました。もうそのような時代は終わらせて、日本経済を復活させて欲しいと思います。

*1:「ドラエモン」というハンドルネームでネットでも活躍したことでも有名です。