Baatarismの溜息通信

政治や経済を中心にいろんなことを場当たり的に論じるブログ。

なぜTPP反対論が盛り上がるのか

野田政権がTPP(環太平洋経済連携協定)への参加方針を打ち出してから、日本中で反対の声がわき起こっています。従来貿易自由化に反対であった農業団体などの利害関係者だけではなく、それとは関係の無い一般の人にも反対意見が多く、ネットでも反対意見が大勢を占めているように見えます。


このようなTPP反対論で最近有名になっている中野剛志氏(経産官僚・京大准教授)の意見を読んでみました。簡単にまとめると、TPPでは日本の輸出は増えず、米国からの輸入ばかり増えるから、日本にとって損な協定であるというのが、反対理由のようです。

中野剛志(経産官僚・京大准教授)の、TPP解説がわかりやすすぎる!―日本がTPPで輸出を拡大できない理由:ざまあみやがれい! 中野剛志(経産官僚・京大准教授)の、TPP解説がわかりやすすぎる!―日本がTPPで輸出を拡大できない理由:ざまあみやがれい! 中野剛志(経産官僚・京大准教授)の、TPP解説がわかりやすすぎる!―日本がTPPで輸出を拡大できない理由:ざまあみやがれい!



このような意見の背後にあるのは、貿易で利益を得ることを国益と考え、輸出を善、輸入を悪と考える、重商主義という考え方でしょう。この考え方では貿易とは輸出国が輸入国から利益を奪うことであり、世界経済は富を奪い合うゼロサムゲームということになります。
これはアダム・スミス近代経済学を始める以前からある考え方であり、このような考え方を否定する事が当初の経済学の目的の一つでした。アダム・スミスも「国富論」の中で重商主義を批判しています。
なお、TPP賛成派の中には輸出企業や財界など、TPPで日本の国際競争力を維持できるから賛成という意見もありますが、この国際競争力という考え方も重商主義に基づくものです。だから、反対派だけが重商主義というわけではありません。


これに対して、経済学では自由な貿易は参加する全ての国にとって利益の方が多いことが定説です。このことを説明するのに必ず持ち出されるのが、リカードの比較生産費説です。これは各国が貿易をせずにあらゆる物を自給自足するよりも、「国内で」生産性の高い製品(これを比較優位と言います)を生産・輸出して生産性の低い製品(比較劣位)は輸入し、各国が相互に貿易した方が、生産量が増えて各国の生産量を上回る消費を行うことが出来、消費者の効用が増大する(同じ所得でより満足できる消費が出来る)という理論です。
この理論は考え方は単純なのですが、常識的な考え方に反するところが多いので、理解するのが非常に難しい理論としても知られています。僕でも時々間違ってしまう理論です。w


このリカードの比較生産費説については、1月の記事でも紹介した菅原晃氏のブログで詳細な解説がありますので、そちらを見た方が良く理解できるでしょう。理解する際に陥りやすい誤解についても触れています。*1
ブログのトップページの左側に「リカード 比較優位 比較生産費 (18)」と書かれたところがありますが、その下にある17個の記事が解説記事です。

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このように述べると、「理論はともかく現実はどうなんだ」と思われる方が多いと思います。第二次大戦後に植民地から独立した国や、半植民地状態から抜け出した国の中には、重商主義の考え方に基づいて、輸入を抑えてその分を自国で生産しようという国がたくさんありました。しかし、そのような国の経済は停滞し、国民は貧しいままでした。一方、貿易を盛んに行って、自国の比較優位にある製品を輸出し、そうでない製品を輸入した国は発展し、国民は豊かになりました。その代表が韓国や台湾、中国、東南アジア諸国などのアジアの国々です。


このように、経済学的に考えれば、貿易の自由化は消費者の効用(満足度)を増大させるので望ましいということになります。だから、ほとんどの経済学者は貿易自由化を促進するTPPを支持しています。
ただ、経済学が説く貿易自由化のメリットは、あくまでも消費者にとってのものです。一方、TPP反対派が懸念しているのは「米国に日本の市場を奪われる」ことですから、その結果雇用や所得を失うことを心配しているのでしょう。つまり、こちらは生産者としての立場で反対していることになります。だから議論がかみ合わないのでしょう。
また、デフレ・円高増税による景気悪化を懸念している人の多くがTPP反対に回っているのも、雇用や所得の減少を懸念しているためでしょう。
さらに、リカードの比較生産費説は、比較劣位な産業から比較優位な産業へと容易に労働力が移転できることが前提となっています。しかし、今の日本はデフレや円高による不況に加えて、震災で仕事を失った人も数多くいる状況です。このような状況では労働力も余ってますから、労働力の移転も容易ではないでしょう。この点も経済学的な説明から説得力を失わせている理由でしょう。*2
現在のような不況では、人々は消費者の効用増大というメリットよりも、雇用や所得を失うデメリットの方に目が行くでしょう。だから、多くの人が重商主義的な説明に基づくTPP反対論に惹きつけられているのだと思います。


結局、長年にわたるデフレやその結果発生している円高、それに過去の消費税増税の失敗などが日本にひどい不況をもたらしていることが、経済学的なTPP賛成論の支持を失わせ、重商主義的なTPP反対論の支持を増やしているのだと思います。そして、TPPの旗を振っているのが、デフレや円高を放置して震災にも関わらず増税に突き進んでいる財務省・日銀、そしてその言いなりになっている野田政権やマスコミ、御用学者であることが、さらにTPP反対に拍車をかけているのでしょう。

僕は経済学的な考え方を支持していますから、TPPそのものには賛成です。ただ、人々にそのメリットを享受してもらうためには、同時にデフレ・円高の脱却による景気の回復と、景気を悪化させる増税の停止が必要だと思います。そのような政策転換を行わずにTPPを強行しても、TPPによる効用増大というメリットは得られず、貿易自由化に対する反感を増すばかりではないでしょうか。

*1:なお、このブログではTPPに関する記事もあり、コメント欄で活発な議論がおこなわれています。

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*2:この考え方は、@さんにtwitterで教えてもらいました。ありがとうございます。